回想:陽気な冒険者
俺の背後から近寄ってくるその足音に聞き覚えはなかったのだが……次に放たれた声については、記憶にあった。
「お、最強の騎士様がこんなところで何をしているんだ?」
ニックであった。同じ英傑として気になったのかもしれない。
「決戦前日ということで、誰もが緊張しているという話さ」
クラウスが首を向けながら応じると、ニックは笑いながら彼の横に座り込んだ。
「ああ確かに、なんだか妙に活気がないなと思っていたぞ」
「……今まで気付かなかったのか」
俺はそんな鈍感さに苦笑する。ただニックは笑みを絶やすことなく、
「いやいや、明日世界の趨勢が決まる戦い……しかも、これだけの戦力を集結させて、だ。個人的にはワクワクしているところなんだが」
「その戦力で負ければ、俺達は……いや、人類が終わるとしても?」
「負けないさ、俺達は」
その言葉に、格別根拠があるわけではなかったはず。魔王の実像などを把握できていないため楽観的だったのかもしれない。
ダンジョンに潜り続けた彼だって魔族との交戦はあったはず。しかし、戦場で幾度も高位魔族と相まみえた俺なんかと比べれば情報が少なく、これだけ英傑が集結したのだから、大丈夫だろうという楽観を抱いても仕方がなかったかもしれない。
そんな風に思っていた時、クラウスはふと話題を変えた。
「そういえば、英傑が一堂に会するなどということは初めてだったな」
「そうだっけ? あ、まあニックなんかは魔族と率先して戦っているわけじゃなかったし、仕方がないか」
「一度に顔を合わせたのは最高何人だったんだ?」
ニックからの質問。ここは戦士団に長く所属していた俺が答えるべきだろう、えっと――
「最高で三人、ですね」
その声は横手からのもの。視線を転じれば、シュウラが近寄って俺の隣へ座り込んだ。
「私とセリーナ、クラウス殿が集まって……いえ、ディアスさんを入れたら四人でしょうか?」
「俺は数に入れなくていいよ」
手を振りつつ応じるとシュウラは笑みを浮かべ、
「つまり、一度に六人集まるのはこれが初めてということです」
「なるほどそうか。それなら、なんとかなるだろ」
「根拠がまったくありませんね……」
「そういうシュウラはどうなんだ?」
俺は疑問を呈した。彼の様子からは、平静と変わらないように見えるけど。
「私ですか? 正直なところ、あまりピンと来ていないのが実情です」
「それは……決戦が始まるというのに、自覚が薄いと?」
「魔王の力については、情報を集めてある程度知っているつもりです。しかし、実際戦ってみなければどう転ぶかわからない……この場にいる皆さんは、おそらく魔王という存在がどれほどの力を持っているのか……漠然とした不安を抱えているため、空気が重いのでしょう」
それは事実であった。決戦――魔族との決戦である以上、今まで見たことのない魔族だって出てくるだろう。それを考慮すると、果たして英傑が集まったからといって、勝てるのかどうか。
「とはいえ、私としてはそれほど不安を抱いてはいませんよ」
「……どうしてだ?」
「他ならぬ聖王国が集めた戦力です。彼らはこの日のために、ありとあらゆる準備をしてきたはずです。どうやら聖王国側は様々な策だって用意している様子。ならば、私達は全力で……魔王を倒すために頑張ればいいというわけです」
「なんだか達観しているな」
「そうかもしれませんね」
「……色々自分なりに調べて」
と、クラウスが口を挟む。
「対抗できる可能性を見いだしている。だから不安はそれほどないが、代わりに本当に明日決戦があるのかと、どこか夢見心地ということか」
「そんなところです」
「肝が据わっていると言うべきか……まあいい。ならばセリーナ君はどうだ?」
少しの間、沈黙が流れたが……やがて、
「……私のやることは変わらない」
「それは?」
「磨いてきた技術を、魔王相手に披露する……それだけよ」
「シンプルでわかりやすいな。押し黙っているのは、それが果たして通用するのかという不安と言ったところか」
「相手は魔王だからね……ただ、もし通用したのなら、私の魔法は魔族全てに通用すると言ってもいい」
そこで、セリーナは笑みを浮かべる。
「そうだったら、私が引導を渡してあげるわ」
「そうか……ふむ、思ったよりも英傑達は大丈夫そうだな」
「そうそう、なら宴会でもやるか?」
ニックの思わぬ提案。けれどクラウスは苦笑し、
「宴は全てが終わってからにしよう……というわけで、私は作業を再開しようか」
少しは気持ちの整理がついたのだろうか……クラウスは立ち上がり、騎士達の所へ向かったのだった。




