幕間:英傑の会合(後編)
「国としての意見は、まだまだ英傑として戦ってもらいたい……ただし、それはセリーナ君の宮廷入りが遅れることにも繋がる……君としては不本意なものだろう」
全てを理解している、という風にクラウスは語る。
「よって、聖王国としては君に一つ提案する」
「提案?」
「君の能力は英傑においても上位に位置する。その戦力を今は失いたくない……ただ、魔界の不安定な状況がいつ収まるかもわからないし、ましてや次代の魔王が決まるまで何年も必要になるかもしれない」
――その年数は宮廷入りを望むセリーナにとって致命的かもしれないとシュウラは思った。
「よって、こう提案する……君の政敵については私も知っている。故に、君が英傑として活動し続けるのであれば、宮廷入りする際に便宜を図ろう」
「それはつまり、政敵を排すると?」
「どういう風な処置になるかはわからない。ただ、君の立場が不利になるようなことにはしない、とだけ言っておく……ただ、口約束だけでは不安だろう。よって念書を持ってきた」
クラウスは懐から綺麗に折りたたまれた書類を取り出した――それを見てシュウラは、
(セリーナを重用していますね……)
もしかすると宮廷入りを目的とするセリーナならば、上手く操縦できると国側は思っているのかもしれない、とシュウラは考える。
(餌を用意できるため、重宝するということですか……国側の思惑は非常にわかりやすい。セリーナも気付くはずですが――)
「……私に狙いをつけたというわけですね」
シュウラと同じ事を考えたか、セリーナはクラウスへと話し出す。
「国としては私をどうしたいのですか?」
「今まで通り、戦士団として国と手を組んでもらえればいい。それ以上は望まない……ただしそれは君の目的と必ずしも合致しないと考えたため、念書を含め用意したわけだ」
「……中身を拝見しても?」
「ああ」
セリーナは念書を開けて目を落とす。シュウラの視点からは一瞬目を見開き、それでも無言でいる彼女の姿が見えた。
「……なるほど、わかりました」
「こちらの要求は聞き入れてもらえるか?」
「そうですね……とはいえ、団長の意向も確認しなければ――」
「こちらは構わない」
あっさりと同意するロイド。シュウラとしてはセリーナが暴走しない一番の手法だと考えたことだろう。
「ロイド君の同意を得られた以上、今後も手を貸してもらえそうだな……さて、こちらの伝えたいことはおおよそ終わったが……」
「私には何もなしですか?」
なんとなくシュウラは口を開くと、クラウスは笑みを浮かべ、
「何か要望などがあれば受け付けるぞ?」
「こちらかはら何もありませんが、そちらは?」
「……なんというか、仕事が欲しそうな顔をしているな」
シュウラは何も答えず笑みを浮かべる。けれどクラウスはやれやれといった様子で、
「残念ながら仕事はないが、今後何かしら手を貸してもらうことがあるかもしれない」
「私の情報網、ですか?」
「そうだな。とはいえ、国としてはあらゆる情報を集めている。本来は必要ないと断言できる……」
シュウラとクラウスは視線を重ね――やがて、
「……まあ、戦士団としての情報収集能力は高く買っている。場合によっては依頼しよう」
「わかりました」
「他に何かあるか? なければ、今日のところはこれで終了だが」
「この会議は定期的に開催されるのですか?」
最後にシュウラが質問。それにクラウスは肩をすくめ、
「頻度はそう高くないだろう。事あるごとに話し合っていたら怪しまれそうだ」
「かもしれませんね……わかりました。今後ともよろしくお願いします」
――そうして初めての話し合いは終了した。先んじてロイドとセリーナが部屋を出て――しかし、シュウラは立ち上がってからクラウスを凝視する。
「……まだ何かあるか? それとも、ロイド君達には聞かれたくない内容か?」
「悪巧みのように聞こえますね……私としては、単純にセリーナさんが不快に思うだろう、ということで話をしなかったのですが」
「……ディアスのことか」
「ええ」
「実は何かしら野望を抱えているとか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。彼が自分探しという名目で旅をしているのは間違いない。私が尋ねたいのは、魔王との戦いのことです」
その言葉を聞いて、クラウスは目の色が変わる。
「何だ?」
「魔王との戦いの最中……窮地に陥ったことがあるでしょう」
「ああ、魔王の反撃を受けて……英傑すらも膝をついた時間があった」
「その時のことを憶えていますか?」
問い掛けに、クラウスは目を細める。
「……魔王の攻撃を受け、気絶する者は大半だった。けれど君は意識があったか?」
「ええ。もしそちらも意識があるのだとしたら……意見を聞かせてもらいたいのです」
「ディアスのことについて、か」
「はい」
明瞭に――深く頷いたシュウラは、質問した。
「あの時……英傑ですら倒れ伏したあの時間、彼は一人で魔王と対峙した……そして英傑ですら成しえなかった偉業……たった一人で魔王を食い止めていた。そのことについて、是非感想を頂きたい――」




