魔族がいる理由
とある人いわく、剣や槍など武器に魔力を乗せて使用する技と、自らの魔力を練り上げ、詠唱によって威力を高め放つ魔法――それは突き詰めれば最終的に似たものになる。
それは実際真実に近い。俺が使う無詠唱魔法は、予備動作や詠唱なく魔法を放つため、それこそ剣や槍に魔力を乗せて使用する技と動きがほとんど変わらないからだ。
とはいえ、その手法は技と大きく異なるし、俺のはあくまで詠唱などを省略しているだけなので、魔法技術の発展系とでも言うべきものなのだが……俺は杖をかざしつつ女性魔族へ近づく。相手は警戒しつつも逃げられないと悟ったか、無抵抗だった。
そして……間近に到達した段階で、俺は自分に魔法を使用。それは気配探知系の魔法を応用したもので、相手の魔力の揺らぎや言動による感情の変化を察知するもの。主に嘘を見破る際に使用する。
これは魔族にも通用するものであり……俺は改めて問い掛けた。
「魔王が滅んだということをきっかけにしてここへ辿り着いた……で、いいのか?」
「そうね」
彼女はあっさりと答えた。その姿を改めて観察するが、到底魔族には見えない。むしろ貴族の令嬢と言われる方が遙かに似合っている。
「周囲に魔物を配置して……人が寄りつかないようにしていたと?」
「ええ、それも正解」
「その様子だと、魔王に忠誠を誓っているようには思えないな」
「……あの魔王とは、考え方も違っていたから」
あっさりと答えてくれる。というより、正直に話した方が生存する可能性があると考えたか。
「当代の魔王は、それこそ人間を支配するべく精力的に活動していた。だからこそ多数の迷宮を生みだし、来たるべき戦いに向け準備を進めていたけれど」
「それを攻略されて技術を盗まれ、人間に益をもたらした」
「そうね。だから戦略としてあまり良くはなかった……それで、人間と戦うべきではないとする不戦派も少なからず存在していて、私もまたそうした考えを持っていた」
「なるほど、だからこそ外の魔物は威嚇だけで、先ほど交戦した悪魔は俺を気絶させようとしていたわけだ」
「敵は増やしたくないからね……もっとも、外に魔物を配置したのは失敗だったようね。だって、あなたが来てしまったから」
「ダンジョンの内側だけで完結していたら、少なくともこんな短期間にギルドへダンジョン調査の依頼なんて回ってこなかっただろうな」
俺は彼女へ返答しつつ、さらに一つ尋ねる。
「……ここへこもって何をするつもりだったんだ?」
「準備をしていたの」
「準備?」
「人間が住む領域にも、魔族はいる……その一つに親族がいる。魔界はこれから大変なことになるだろうから、身一つで逃げて、そこを頼ろうと思って長旅の準備をしようとしていた。でもまあ、警戒しすぎた結果、あなたを招き寄せてしまったけれど」
――人が住む領域を人間界と呼び、魔族が済む領域を魔界と呼ぶわけだが、魔界からわざわざこちらにやってきたと。
で、彼女は思いもよらぬことを口にした。
「……魔界が大変なことになるって、何だ?」
「後継者争い」
一言。それで俺も納得した。
「なるほど。魔王が倒れた今、争って次の魔王が誰になるか決めようってことか。問題は、再び人間界に侵攻するかどうかだけど」
「魔界の中で混乱するだろうし、少なくとも数十年くらいは大丈夫じゃないかしら」
「……数十年?」
「魔族が争えば、そのくらいの年月は経過するわ。私達は不老の種族。たった一度の戦いで決着がつくようなことはないし」
……魔族も色々と大変なんだな。
「人間界に影響はあるのか?」
「ないんじゃないかしら」
ふむ、なるほど――嘘を見破る魔法を使用した上で会話したが、ここまで嘘はない。魔力の揺らぎや感情の変化は、全て真実だと判断している。
ただ敵意がないにしろダンジョンをそのままにはしておけないので、ここを放棄してもらわないといけない。とはいえ「俺が勝ったから出て行け」と言った場合どうなるか。
普通の人から魔族だとは気付かれないが、冒険者は気付く人が多いだろう。一度そうした人に見つかってしまえば、ギルドを通して連絡が国へいき、彼女を倒すために動くだろう。ここで出て行って、その後滅んだという話を聞くのは、正直寝覚めが悪そうだ。
ならば……と、考えたところで俺はこれからの旅をどうしようか考えを巡らせた。目的などもない旅のつもりだったけれど、それで本当に良いのかと心のどこかでは感じていた。そうした考えになぜ目の前の魔族が関わってくるのか……頭の中で結論をまとめ、俺は口を開く。
「そちらに人を殺める意思がないのはわかった」
「なら、見逃してくれるの?」
「とはいえ、ダンジョンの調査に入った身からすると、出ていってもらわないと報酬がもらえない」
その言葉に女性魔族は「それはそうね」と相づちを打つ。
「ただ、今ここを離れれば人間に狙われる危険性がある……魔族特有の気配は感じられるし」
「ええ、それは間違いない」
「だから」
と、俺は彼女へ一つ提案する。
「俺が目的地まで護衛として同行するってことで、どうだ?」
――こちらの言及に対し、女性魔族は綺麗なほどフリーズした。沈黙が生じ、相手はただただ目を丸くするばかりだった。