人間と魔族
「つまり、こういうことか?」
次に口を開いたのは、騎士であり英傑であるクラウス。
「契約により、あなたはミリアさんの指示に従うほかなくなる……結果、魔界を変革するために全てを捧げると」
「そうだな」
「……根本的な話をしたい。なぜあなたはそこまでする? 反魔王同盟の盟主であるのなら、その設立にはあなたの意志が多少なりとも入っているだろう。けれどそれを差し引いても、人間にここまで譲歩して、さらに契約まで交わそうというのが理解できない」
「端的に言えば、私は魔王に全てを奪われたからだ」
あっさりと語った魔族ゼガの言葉に、俺達は再び押し黙る。
「これは魔王に対する復讐……いや、魔王と重臣に対する復讐だと考えてくれ」
「魔王に恨み、か」
「その辺りのことについて語るつもりはない。情で訴えようとしているわけでもないからな。ただ、命を捨ててでも果たすべき復讐が胸の内に宿っている。ただそれだけの話だ」
「……人間のことは、どう思っている?」
「人間界の支配はあくまで魔王の重臣達の目標だ。大半の魔族にとっては、さして興味があるわけでもない……が、人間に対し恨みを抱く存在もいる。それは無論、人間に身内などが魔族に滅ぼされたためだが、そもそもそのきっかけは魔王の重臣達が人間界に同胞を送り込んでいるためだ。恨みを抱く相手が違うだろうという話になる」
「例えばの話、人間達が魔界へ侵攻するという可能性は考えないのか? 今回の作戦が成功すれば、魔界そのものが弱体化するかもしれないだろ?」
「それもまた一つの結果だろうな」
「受け入れると?」
クラウスの問い掛けにゼガは一時沈黙する。
「……私はあくまで魔族だ。よって、人間に領域を侵されるのは好ましくない……が、先に仕掛けたのは私達の方だ。例えそれが魔王の重臣によって命令されたことだとしても、その事実は覆らない」
ふう、とゼガはこれ見よがしに息をついた。
「人間と魔族、双方は数え切れないほどの犠牲を生み、今もなお戦っている……その私の復讐はあくまで魔王の重臣達に対するものだが、負の連鎖を断ち切りたいという思いもある……私のような悲劇を抱える存在を生まないために、な」
「その結果、魔界が弱体化したとしても……」
「仕方のない話、ということだ。そうなればどうするのか……その時に考えなければならないだろう」
――魔族ゼガにとっても、自分の作戦が成功すればどのような未来になるのか想像がついていない。まあこれは当然の話だ。
さて、情報はテーブルの上に揃った……ゼガは自身の目的のためにミリアと契約すら交わそうとしている。まあゼガとしては信用されなければこの場で滅ぼされてしまう、なんて可能性がある以上は、契約まで持ち出した以上語ったことは全て真実だと考えていいのだろう。
であればどう判断すべきか……やがてゼガへ向け話し始めたのは、ヘレンだった。
「今回の取引内容について語ってもいい?」
「それは聖王国としての公式見解か?」
「ええ、そう考えて差し支えない」
おいおい、大丈夫なのか……と思った矢先、
「ここへ来る前にその手の話は通してきたから」
「ずいぶんと大胆だな。魔族相手に話をする以上、本当に大丈夫なのかと疑うだろう」
「そこは英傑である私を信用して……といったところかしら。それに、あなたが提供した情報もあるからね」
「情報の出所については、適当な理由を付けると思っていたが、真実を話したのか?」
「一部の人には、ね」
「そうか……ならば、そちらの評価を語ってもらおう」
「あなたが嘘を言っているわけでもなさそうだし、契約により魔王に干渉しそれで平和になるなら構わないわ」
「私の目的はあくまで復讐だ。人類と魔族との関係性がどうなるかはあくまで副次的なもの……そこは注意してくれ」
「ええ、わかったわ。平和になるかどうかについては期待しないで待っていることにするわ」
――よくよく考えれば、ゼガの復讐が失敗に終わっても人間側としては変化はない。魔王の重臣が再び動き出し人間界に攻撃をする……といっても、それは今まで聖王国内で行われてきた騒動が今まで通り続くというだけだ。
こちらとしてはゼガによって平和になるなら万々歳、といったところか。
「いいだろう。ならば早速契約を交わすことにするか。それで少なくとも、見逃してくれるだろう?」
「ええ、そうね」
「……本当に、構わないの?」
ミリアが信じられないという面持ちでゼガへ問い掛ける。
「契約の意味、当然あなたが知らないはずがない」
「そうだな、そして契約は主が滅んでも継続される……つまり一度結ばれれば、それで終わりだ」
「本来契約は、互いを滅ぼそうとする魔族同士が最終的に服従させるため生まれたもの……それを甘んじて受けることは全面降伏を意味する」
「戦いには負けたからな」
あっさりとした物言い……彼の決意は固いようだった。




