求めていたもの
「……魔族アヴィンは、人間界を訪れ人間と交流することで、人を救いたいと願ったのか?」
魔族ゼガに対し次に口を開いたのは、ニックだった。
「そういう理由じゃなきゃ、魔王の力を緩めようなんて思わなかっただろ? 何せ自分が負ければ消滅するんだからさ」
「そこは、魔王に取り込まれたアヴィンの意識に尋ねなければわからない話だ。もう滅んでしまった以上は、確認することはできない……が、おそらくそういうことなのだろう。魔王に取り込まれ、意識上はどうにか存在し続けることが出来た……そして人間と戦うことになり、そこにはアヴィンの見知った人物がいた」
「俺がいたから、こそ……?」
「魔王の手はわずかに緩まり、人間が勝利した。私はそう考える」
――そうであったなら、俺にとってあの戦いは特別な意味を持つ。もしかすると魔王との戦いで、アヴィンと向かい合っていたのかもしれないとしたら。
「ただ、補足しておくがアヴィンとてさすがに魔王の動き全てに介入できたわけではないだろう。力全てを掌握していたなら、そもそも魔王と人類の戦いそのものが起こっていたとは思えないからな」
「そうだな……で、それを聞いてあんたはどうするんだ?」
「第三の道だ……私が魔界へ舞い戻ればどうなるかは明白だ。反魔王同盟という存在が白日の下にさらされ、組織は表向き崩壊する」
断定だった。ただ魔王の重臣達が見逃すはずもないし、その結末は至極当然と言える。
「地下に潜り活動を続ける同胞もいるだろうが……そうした中、盟主である私がどうなるかは自明の理だろう?」
「処刑される……じゃ、ないんだな」
俺の言葉にゼガは頷いた。
「そうだ。表向きは処刑だとしても、だ。私が魔王候補であることは間違いない……そして反魔王というものを掲げ変革をもたらそうとし、失敗した……魔王の重臣はその力のみを利用しようと考え、新たに作り上げた魔王の器に私を捧げるだろう」
「つまり、力に飲み込まれる……」
「そうだ。とはいえ、全盛期の魔王とは比較にならないくらいには弱い魔王。魔王候補とはいえ私一人取り込むくらいでは重臣達も納得はすまい……これからも奴らは続けるだろう、儀式を」
「つまりあんたは、アヴィンが果たした研究成果により自我を持ったまま魔王の器に入り込む」
「ああ。彼の研究を私は引き継ぎ、確固たるものとした。今ならば……確実に、意識を維持することができる」
「そして、魔王の重臣達を処断すれば……というわけか?」
「そこについて現時点でどうすべきかは不明だ。魔王のことは知っていても、魔界の統治そのものについてはどういったものか知らないことが多すぎるからな……ただ、これだけは言わせてもらう。もう重臣達の好き勝手にはさせないと」
宣言に対し――次に声を発したのは、エーナであった。
「つまりあなたが魔王として魔界の実権を握ると?」
「そういうことになるな……ああ、わかっている。私が実権を手にして人間側にメリットがあるのか、だろう? こうして戦争を引き起こした以上、再び魔王として侵攻してくるのではないか、と疑念を抱くのは当然だ」
肩をすくめる魔族ゼガ。その姿は飄々としてつかみどころがない。
「そこで、だ。ミリア」
「私?」
「契約を交わそう。それで信用に足るだけの話になるだろう?」
ミリアは提案され目を丸くする……が、契約という単語についてわからないので俺としては首を傾げる。だが彼女は、
「本気、なの?」
「ここまでの説明と、私の行動……それを確実なものにするためには契約しかない。魔王の器になり体そのものが消え失せても、自我に対し契約を施せば、魔王の内に入り込んでも契約は維持される」
「……無茶苦茶ね、やることなすこと」
「ああそうだな。人間界に攻撃を仕掛けておきながら、今度は人間とこうして話をしてさらに契約まで施そうと言うのだ……支離滅裂と言われてもおかしくはない。だが」
魔族ゼガは確固たる決意を持って、ミリアへ告げる。
「これこそが求めていたものでもある……反魔王同盟の目的は変革にある。契約はそれをやる最初の一歩であり、私が魔王の器の中にいてもこの変革をやり通すことができるだけの資格を得る」
「……ミリア、契約とは?」
話が進んでいく中で俺は疑問を呈する。彼女は、
「魔族同士の契約は、言わば人間と使い魔……自ら生み出したものではなく、動物とかとの契約に近しいもの。主従契約であり、従者となったものは主の言葉に絶対的に従うことになる」
「それって、つまり」
「例えば私がゼガへ魔王の器の中に入り込み、魔王となり人間を和解しろ……という命令を出せば、彼はそれをやるということ」
――そこまでして、彼はここで得た情報を使い、魔界を変えようとしているということなのか。
「君達が納得するのはこの方法しかないだろう?」
そして魔族ゼガはどこまでも淡々と語る……その瞳には、どこまでも覚悟が宿っていた。




