内側の抵抗
シュウラの言葉に対し魔族は少し沈黙を置いた後、
「今回行われる取引で三つ目の選択肢が生まれる。本来これは、夢物語ではあった……しかし」
魔族ゼガは表情を変える――ここからが本題だと言うように、精悍な顔つきと共にその気配も硬質なものへと変化する。
深淵の中に存在する確固たる意思――それは、不可能なことに挑戦しようとするような、強い決意を秘めていた。
「トールと出会ったこと、そして何より今から行う取引で可能性が生まれる」
「確実な道、とは呼べないのね」
そう発言したのはミリア。彼女は俺の隣にやってくると、真っ直ぐゼガを見据えた。
「そうまでして、何をやろうとしているのかしら?」
「……私が魔界に帰還すればどうなるか。それを考慮した上での選択肢だ。とはいえ、まだパズルのピースは揃っていない。七人目の英傑、ディアス。君からの情報が必要だ」
「それは何だ?」
「君は魔王との決戦で、攻撃を受け英傑達が再起不能になった際、たった一人で食い止めた……そうだな?」
「ほんの、数分程度だ。正直、あと十秒仲間達の覚醒が遅かったら終わっていた」
「ああ、それは事実だろう。あの戦いにおいてまさしく奇跡……だが、おそらくそこには複数の奇跡が関わっている」
「……何?」
「私が欲しい情報は二つだ。その戦いはどのようなものだったか? そしてもう一つ……英傑のことは可能な限り調べたが、君には知り合いの魔族がいたはずだ。その魔族の詳細を教えて欲しい」
――その二つが、どのような意味を持っているのか。俺は首を傾げたくなったが、とにかく語るべきだろうと判断し、
「魔王との戦いについてはシンプルだよ。俺が決戦術式を使用し、文字通り仲間が起きるまで耐えきった。それだけだ」
「魔法による応酬か? それとも、近接戦闘か?」
「近接戦だ。魔法なんて使われた時点で仲間が巻き込まれるからな」
「君の技量……杖術も相当な技量だと聞いたが、英傑と並び立つほどではないだろう?」
「まあ、そうだけど……何が言いたいんだ?」
「先も言ったが、君達が戦った魔王は器の限界が迫っていた……が、その実力は本物だ。あの時の魔王は間違いなく、全ての魔族、その頂点に君臨していた……君の決戦術式は素晴らしいものだろう。だが、単独で戦線を支えるということ自体、出来すぎている」
「俺が耐えられたのは何か別の要因がある、と?」
「そこで、二つ目の質問だ」
「魔族のこと……アヴィンという、交流をしていた魔族がいた――」
詳細を語る。それで、魔族ゼガは納得――全ての点が一つの線に繋がったようだった。
「やはり、か」
「……どういうことなんだ?」
「魔族は儀式により魔王の器に吸収され、一部になる。自我が消え、重臣達の傀儡となる……そう考えられていた。だが、どうやら真実は違うらしい」
その言葉に一時沈黙が流れる……違う、ということもそうだが、俺から受け取った情報で何がわかったのか。
「あんたの話によると、俺との戦いで魔王は加減したってことでいいのか?」
「加減とは違うな。相手が君であったため、力を緩めたのだろう」
「俺が相手……だったから?」
それは――と、尋ねようとして先ほどの質問を思い出す。魔族アヴィンについて。
「まさか……」
「察したか。そう、魔王という存在に吸収された者達……自我をなくし意思が統合されるはずだが、魔族アヴィンについては少し事情が違っていた」
「何……?」
「彼は従者と共に一度人間界へ入った。その理由は魔王の真実を知っていたが故に、魔王候補になっていたことで身を守る意味があった。そうした中、君と知り合った」
「それが何か関係が?」
「交流を重ねることで、やがてアヴィンは人間という存在がどのようなものかを知った。その結果、魔界へ戻された際に別の可能性を見いだし、魔王候補として研究に勤しんだ」
研究――言葉をなくす俺達に対し、魔族ゼガはどこまでも語り続ける。
「魔界から逃げたのは、魔王に取り込まれれば消えるとわかったがため、言わば逃避だ。しかし、舞い戻った時、意識が変わっていた。魔王という存在……それがどのような形で力を吸収するのか。もしかすると、意識そのものを維持する手法が可能なのではないか」
「そんなことを……アヴィンが?」
「私は彼の研究記録を見た。妄執とも呼べるほどのものだった。努力や才能という域を超え、言わば自分が消えないために執念を燃やし続ける……そういう研究成果だった」
「結果は、どうだったの?」
問い掛けたのはセリーナ。ゼガは「焦るな」と一言を添えつつ、
「魔王との戦い……その状況を聞いたことで確信した。魔王の中で、アヴィンの意識はあった。だからこそ、人の手によって滅んだのだ……無論、英傑達の力が結集したことも大きい。だが、もう一つ……魔王の内側で起こっていた抵抗。その二つがあって、魔王は打倒されたのだ――」




