侵攻の経緯
「さて、次に魔王が侵攻した経緯について話をしよう」
魔族ゼガは俺達へさらに語っていく。
「人間界でも噂くらいは存在していたかもしれない……今回の侵攻。魔王自身の判断ではなく何者かによって誘導されたと」
「人間とやりとりをする手紙なんてものがあった、という話もある」
俺は魔族オーベルクとのやりとりを思い出しながら述べた。
「それはあんたの仕業じゃないのか?」
「確かに人間界側で活動をしていたし、そうした計略も候補には上がった……が、私が指示したわけではない。あれは反魔王同盟の中にいたとある一派が仕掛けたものだ」
「とある一派?」
「反魔王同盟の中でもより強硬的な者達だ。魔王という存在を打倒するにはいくつもの仕掛けが必要だ。ならば人間達と戦わせ、弱体化させようと。器そのものが弱まっている今ならば好機だろうと」
「そして一派は実行に移した」
「止めようとした段階で手遅れになっていた。そして、あの戦いが実現したのはもう一つ要因がある。それは魔王の重臣が後押ししたことだ」
思わぬ発言――だが、魔王の器が限界近いという事実を照らし合わせると、
「それを利用して器を取り替えようとしたのか」
「そういうことだ。あえて魔王の器を破壊させることで、新しく凶悪な魔王を生み出せる……器を修復するより作り直した方が良いと判断したんだろう」
「人間に負ければ魔王の面子が丸つぶれだけど、そこはいいのか?」
「構わない。さらに凶悪な魔王さえ生まれれば、いくらでも打開はできる。むしろ現状を維持する方が危険だった」
「何?」
「限界を迎えた器では、魔王候補に挑まれれば敗北する危険性があった。そうなれば魔王の真実が公になり、今の治世が崩壊する……しかし新たに作り直し、魔王を新生すれば話は別だ。新たな魔王によって新たな秩序を生むことができる……そう重臣は判断したようだ」
――どちらにせよ、人間を利用したというわけか。話を聞く限り人間にとって本当に迷惑な話である。
「まあ、人間を巻き込み政争をやっていたみたいな形だ。ここについては非難を受けても仕方がないが、あいにく私は当事者ではないため文句は重臣にでも言ってくれ」
「無茶を言う……ところで、反魔王同盟における強硬派……その魔族はどうなった?」
「君達との戦いで残らず滅んでしまった」
なるほど……俺が関わってきた戦いの中に該当する魔族がいたようだ。
「さて、これで魔王の戦いに関する経緯については話したな。であれば次は……反魔王同盟に関する情報だ。より具体的に言えば、今後も人間界、ひいては聖王国へ攻撃を仕掛けるのか? という点だ」
俺達が何より気になっているところ……ではあるが、反魔王同盟における強硬派というものが消えた以上、答えは一つしかない。
「結論から言えば、こちらはもう攻撃する意思はない……今回のことで強硬派は大きく弱体化した。結果として私は組織の実権をほぼ独占できたからな」
「つまり、反魔王同盟による攻撃は起こらないと」
「そうだ」
「なら、平和になるという話でいいのか?」
問い掛けに魔族ゼガは肩をすくめた。
「私達が攻撃しないからといって、魔族が入り込むことがなくなるわけではないだろう。それに、魔王の重臣達からすればこれはむしろ好機だ」
「好機?」
「魔王に仕える魔族にしてみれば、自分達に反旗を翻す魔族と人間が争っているという状況だ。今は魔王が滅びた直後であるため動くことはできないが、今後は反抗勢力を一網打尽にして、今度こそ人間界を支配しようと動くに違いないだろう」
魔王の重臣から見れば勝手に戦っているというわけか。
「反魔王同盟という存在が潰えた以上、何もしなければ今後はより魔王という存在がさらに強固なものとなるだろう……重臣達は私達の敗北を利用し、権力を盤石にする。そして新たな魔王を迎え……いや、新たな魔王を創生し、再び魔界を完璧に統一する」
「その時こそ、人間界支配へ動く、というわけか」
「そうだ」
非常に重い話……俺達は人間界を守っていたはずなのに、魔王の重臣にしてみれば利する形というわけだ。幸いなのは聖王国側のダメージがほとんどなく、魔族と手を組んでいた大臣が失脚したことか。
とはいえ、裏切り者がギリュア大臣だけとは限らない。魔王に与する者がいるかもしれないし、今いなくとも今後懐柔されてしまう人間が出る。そうなったら――
「質問」
ふいにアルザが手を上げた。それにゼガは、
「何だ?」
「もし人間界に侵攻するとして……それ、どのくらい先になるの?」
「魔王が生まれ、どの程度で重臣達の望み通りになるか……そこは不明だが、少なくとも君達が倒した存在以上のものを作ろうとするだろう。となれば」
ゼガは笑みを浮かべる。
「少なくとも数百年単位は掛かるだろうな……君達は魔王に勝利した。それは紛れもない事実であり、この猶予の年月は、君達が勝ち得た証だ」




