魔王と器
「改めて魔王の真実……というより、魔界の魔王という存在についておさらいしておこう」
魔族ゼガは俺達へ向け、解説を始めた。
「魔王という存在は元々、世襲制ではなく力ある者が選ばれ、担ってきた。最初は本当にそうした形だったらしいが、やがて魔界が発展していく中でそれだけでは支配することが難しくなってきた」
「単純に魔族同士の争いが激しくなってきたと」
俺の言及に対しゼガは頷いた。
「そうだ。人間を始めとした外部の戦いではなく、魔界内での統制が効かなくなっていた。それを是正する選択肢としてはいくつかあったが、魔王に忠誠を誓う重臣は、より魔王を強力にすることで対処しようと考えた」
「……質問なんだが、その重臣達は代々魔王に仕えてきたのか?」
「中にはどの魔族よりも生きている存在もいる」
なるほどな……つまり、実質的に魔界を統治しているのはその重臣達、というわけか。
「魔王がより強くなれば、力で魔界を抑え込むことができると考えた。しかし、これまでのようにただ強者を城に招いただけでは無理だ。そこで、魔王という存在をより強くするために、器を作りそこに魔族の力を入れ込むという形をとった」
「それが、魔王の真実……」
「その通り。魔王とは魔界の支配者ではなく、支配するために必要な器であり道具だったというわけだ」
肩をすくめながら語るゼガ……その思いは果たしてどのようなものか。
「しかし、魔族の力を入れ込むということはすなわち対象となる魔族は消えることを意味する。魔王という器によって自我も消失する……そう考えられていた」
「違うというのか?」
「ここについては後で解説しよう……結果としてこの試みは成功した。魔王という絶対的な強者を生み出した結果、あらゆる魔族が従属した。魔王という装置により、魔界に平穏が訪れた」
「それでめでたしめでたし……とは、ならなかったか」
俺の言葉に対し魔族ゼガは笑う……皮肉を込めた笑みだ。
「魔王に取り込まれた魔族に関する情報は抹消される、と先ほど説明したが、それは重臣達の策略だ。魔王城に入った魔族が二度と出てこないとなればよからぬ噂が立つ。どれだけ絶対的な存在であろうとも、同胞を犠牲になり立っているという実情を知れば、多くの魔族は反発するだろう。よって、そうした事実を秘匿し、露見した場合はあらゆる手段を使って滅ぼすようにした」
「けれど、それにノーを突きつける存在がいた……それが反魔王同盟か」
「いかにも。魔王という存在のあり方を否定し、新たな秩序を生み出す組織……と、言えば聞こえはいいがやがて組織も腐敗し始めた」
思わぬ発言。盟主であるゼガがそこまで言うとは――
「魔王の真実を知らしめるために動いている……はずだったが、規模が大きくなれば当然、跳ね返りも出てくる。そうした混乱や内輪もめなども発生し、それによって人間界における作戦についても足の引っ張り合いとなった」
「王都襲撃敗北もそうした要因があったのか?」
「それが全てではないが、理由の一つには該当するな」
……盟主とて、組織を御せなくなってしまったというわけか。
「ともあれ、だ。反魔王同盟という組織の目的により、人間界に攻撃を仕掛けたのは事実だ」
「で、それは失敗した」
「残っている同盟者達には再起を図るべく魔界へ退却するよう言い渡している。現在人間界、ひいては聖王国内に反魔王同盟の構成員は存在しない」
――その言葉で、本当に終わったのだと確信する。
「反魔王同盟としては弱体化し、魔王の重臣はさぞ喜んでいる……というわけだが、話はこれで終わりではない」
「そこで出てくるのが俺が持つ魔王の情報、というわけか」
どうやって繋がるのか皆目見当がつかないけれど。
「……別の質問だ。魔王が生まれるプロセスは?」
「重臣が管理する漆黒のオーブ。それに触れると魔王の器に魔族が取り込まれる。そうやって魔王は力を維持してきたのだが……魔王は活動し続ければそれだけ魔力も消費する。魔族は魔力を取り込むことで生命活動を維持するが、魔王にはそうした能力がない。当然だな、あくまで今の魔王は道具だから」
「力を維持する意味合いもあって、魔族を取り込んでいるのか」
「そうだ。魔族を取り込み続ければそれだけ強くなるようにも思えるが、実際は違う。それに、現在では力の維持も難しくなっていた」
「どういうことだ?」
質問に対しゼガは一度仲間を見回した。
「器自身の限界が迫っていた。力を入れ続けたことで少しずつ器が消耗し、あちこちガタが来ていた。英傑との決戦前の段階では、穴の空いたコップのように魔族の力を入れても少しずつ放出していたような状況だったらしい」
――俺は魔王との戦いを思い出す。凶悪なものではあったが、それはどうやら魔王の全力というわけではなかった。改めて魔王という存在の恐ろしさを認識した。




