夜襲の魔族
城壁の上へ辿り着くと、既に騎士達が戦闘準備を始めていた。上にいるのはあくまで遠距離攻撃を行う魔術師達だが……その中にいち早く食堂を去ったヘレンの姿もあった。
「ヘレン」
近づいて声を掛ける。彼女はこちらに気付くと首を向け、
「状況の報告を聞きたい?」
「ああ、敵は?」
ヘレンは黙って指を差す。それは街道がある方角なのだが……深夜なので当然ながらほとんど街道は見えないのだが、明らかに威圧的な魔力――気配が漂ってくるのが感じられた。
「高位魔族も確実にいるだろうって話」
「あれがこっちに向かっていると」
「町に行かないのが不幸中の幸いかな……ま、相手としては夜襲を成功させたいだろうから、速やかにここへ来ようとしているのかもしれないけど」
「なあ」
その言葉の直後、ニックがヘレンへ向け質問する。
「あれは、どこの手勢なんだ?」
「どこ、とは監視している拠点のどこから来ているか、ってこと?」
「ああ」
「残念ながら作戦によって攻撃を仕掛けている拠点のどこでもない。聖王国が観測できなかった場所からの敵」
「しかも高位魔族がいると」
「下手すると魔族レイオンみたいに魔王候補級かもしれないな」
俺の発言。それに仲間達を渋い顔をし、ヘレンは俺と視線を合わせた。
「その根拠は?」
「この砦へ攻撃を仕掛けるという状況そのもの」
「……どういうこと?」
「魔族の拠点を聖王国は攻撃しているわけだが、そこにいる敵は現地にいる兵士や騎士達の様子を見てこの場所に作戦を統括する本部があるとは推測できないはず。けれどここに来た……敵は間違いなく確信を持って攻撃を仕掛けている」
俺の言葉に、ヘレンや仲間達は無言に徹し耳を傾ける。
「ではどうやって情報を得たのか? ギリュア大臣から情報提供された可能性もあるし、あるいは俺達が攻撃している拠点とは違う場所……どこかに人間界で破壊工作などを行う反魔王同盟の中核拠点があり、情報を集めここへ仕掛けたという可能性もあり得る……どちらにせよ、ここに来た以上は生半可な戦力では攻略できないと考えているだろう」
俺の説明を受け、ヘレンは「なるほど」と一つ呟き、
「ディアスの言う可能性二つ……そのどちらにしても、砦にいる戦力事情は把握しているでしょうね」
「だろうな。俺やニックがいることは少なくともわかっているはずだ。ヘレンについては……ギリュア大臣から情報を受け取っていれば知っている。そうじゃない場合は魔族へ攻撃しているわけじゃないから知らないかもしれない」
ただ、どちらにせよ英傑クラスの戦士がここにいることはわかっている……であれば、当然ながら相当な戦力を集結させているのは間違いない。
「ヘレン、確認だが籠城戦になる……できるのか?」
「防備はちゃんとしている。最大の問題は、転移魔法陣の存在かな」
「砦の外にあるからな……そちらを破壊するために動く可能性もあるか?」
「仮にそうだとしたら、砦から打って出ればいいだけだから問題ないけど……」
その時、ヘレンに近づいてくる騎士が。伝令らしく、彼女は騎士から報告を受ける。
「……監視をしている魔族の拠点も動き出しているみたい」
「呼応して、というわけか……たぶん状況を知り、戦えと命令したかな」
「これで各拠点に配置している騎士達は戻せなくなった」
ヘレンが語っていると、ここで彼女へ向け小さく手を上げる人物――アルザだ。
「質問」
「どうぞ」
「命令ができるのなら、私達が攻撃している間にしなかったのは何故だろ?」
「……相互に連絡を取り合っているというわけではないのでしょう。たぶん、拠点側は中核拠点へ連絡はできるけど、攻撃されている間はできなかった。あるいは、中核拠点側が事態に気付いてメッセージを一方的に送った……理由としてはこんなところかしら」
「どちらにせよ、敵もいよいよ本腰ってことか」
「あるいは、最終作戦かもしれないな」
――と、今度はニックが口を開く。
「敵としてはここで失敗したら後がないだろ?」
「うん、そうだね。ということは間違いなく魔王候補くらいは……」
「いると考えた方がいいな」
ニックは同意しつつ気合いを入れ直す……こちらの情報は得ている。そして、魔王候補……状況としては正直良くはない。むしろ、危険だ。俺は少し考え、
「ヘレン、よそから援軍は?」
「深夜だし難しいとは思うけど、やれるだけやってみる。最悪籠城して時間稼ぎできれば……かな?」
「敵はそれをさせないよう立ち回るだろうけどな。あと転移魔法陣をどうするか」
「そっちは要だし、破壊されればそれだけ作戦に支障が出る……反魔王同盟の敵についても、私が動いている作戦についても」
では、どうするか……可能であれば情報を取得したいところだ。
「索敵魔法で調べられる内容にも限界はある……まずは敵の戦力を把握したいな」
ただ、敵が向かっている以上はあまり余裕もない……と、ここでヘレンは何か決断したらしく、俺達へ向け口を開いた。




