本気具合
俺はヘレンとの話し合い後、速やかに案内された個室で作業を開始した。人ではなく物……装備する武器に強化魔法を施す。それ自体は可能だが、ヘレンが考えるだけの結果をもたらすには、一工夫必要だ。
部屋に入るまえの時点で、今回の作戦にしようする装備一式と、魔力を供給するための物をもらった、のだが――
「気前がいいなあ……」
そう呟いたのは、魔力を供給する媒体が理由だ。彼女が用意したのは宝石――魔力が宿った宝石だ。
これは加工した宝石なのだが、人の手が入ることで小さいながら膨大な魔力を貯めることができる。実際サンプルとしてもらった宝石は、手の上に乗せているだけで熱を感じるほど、濃い魔力を感じ取ることができる。
「これいくらぐらいするんだろうか……?」
宝石に魔力を装填する場合、抱えられる量によって価値が変わる。具体的に言えば貯められる魔力量が増えれば増えるほど高額になっていく。
で、今回騎士へ強化魔法を施すだけの魔力となったら、相当なものであり……それを宝石一つでまかなうとなったら、よほど魔力を圧縮し詰め込んでおかないと無理だ。
これ、元々強化魔法を使うに足るだけの宝石を事前にリサーチしていたのだろうか? それとも、今回の作戦という名目で、買い上げたかそれとも作成したのか……どういうやり方にせよ、膨大な金額が動いているのは間違いない。
「この宝石だけで、ヘレンの本気具合が見て取れるな……」
俺の強化魔法を使う想定で準備をしているのは明白だが……問題は、こんな宝石を用意するだけの資金が動けば、さすがにギリュア大臣も警戒するのではないか、ということ。
俺の協力により、魔力を供給するため……という名目で資金を準備するにしても、警戒しないわけにはいかないだけの金額になるだろうからなあ……ヘレンがそれに気がつかないはずがないとは思うので、気にしすぎかもしれないのだが――
その時、コンコンとノックの音が。返事をするとヘレンの「入るよ」という言葉が聞こえ、扉が開いた。
「やあ」
「……どうしたんだ?」
「宝石の具合とかどうかなと。場合によっては他のを探さないといけないし」
「まだ用意できるだけの資金があるのか?」
その問い掛けに、俺が宝石を見て色々考えていたのを悟ったらしい。ヘレンは、
「まあね。それでも足りないとなったら、複数の宝石を使って強化魔法を使うことになるかな」
「……この金、どこから出ているんだ? こんな宝石を複数用意するとなったら、ヘレンが持っている資産だけでは無理だろ」
「そもそも私には資産なんてないよ。王族で英傑だけど、自由に動かせるお金はほとんどない」
そう前置きをして、ヘレンは俺へ説明を行う。
「個人的に手を貸してもらっている貴族がいるって話」
「……確認だけど――」
「ギリュアとは何の関係もないよ。古来から王族を支え続けている紛れもない忠臣だからね。それにもし、その人が裏切っているとしたら、とっくの昔に私の行動は踏み潰されている」
忠臣、か……沈黙する間にヘレンはさらに続ける。
「ディアスにとって、その貴族がいいか悪いかはわからないね。陛下を支え続けている人であり、私が動いていることを知って手を貸してくれているんだけど、その人はあくまで陛下を害する人を倒そうと私に協力しているだけだし」
「つまり王族を守ることを最優先としているだけで、人々のことはあまり考慮に入れていないと」
「悪い言い方をすればそうなるね……その人は今の制度を維持することが、何より正しいと考えている人だからね。そしてそれは、魔王との戦いである意味証明された」
「……どう繋がるんだ?」
「現行の制度によって、魔王を倒せるだけの国力を持っているというわけ」
ああなるほどな……政治に関心がない俺からすればどこまで関係あるのかわからないけど。
「でも正直、あの戦いはギリギリだったよね」
「魔王を相手にして余裕で勝てるなんて無理だろ」
「そうだね……でも勝ったのは間違いない。ディアスとしてはあの戦いで足らないものとか、問題点とかそういうのを見つけただろうけど、だとしても英傑の力と聖王国の力によって、勝利はできた」
「つまり、現行制度……ひいては今の王様による統治の正当性が主張できる、というわけか」
「そういうこと」
政治的な話なんだろうけど、俺達にも関わっていく部分ではあるので多少興味があるな。
「なあヘレン。可能な限りでいいんだけど、現状の王城……国の政治の状況ってどうなんだ? その中でギリュア大臣の立ち位置は?」
「うーん、そうだねえ……長い話になるけどいい?」
む、そう言われると……ただ、そうだとしても聞いておくべきだろうかと思ったので、
「まあ部屋の中で話をするのもあれだし、場所を移すか」
「そうだね。ディアスと同じ部屋にいて噂されるのも面倒だし」
「ヘレンに限って噂は何一つ出ないだろう。それは断言できるぞ」
「はっきり言われると傷つくなあ……」
そう言いながら笑いつつ、ヘレンは廊下へと出て、俺は追随したのだった。




