戻る方法
アルザと情報共有を行い、その日は旅の準備を行う。とは言ってもさして必要な物品があるわけでもないので、消耗品の補充とか、古くなった道具の買い換えとか、そのくらいで夕方には完璧にやることはなくなった。
そして今日は早く休もうということで、昨日より早めの夕食をとり酒場に集まる。作戦が始まる、ということでアルザは休日モードから既に戦闘モードにシフトしている様子だ。
「私達の役目は何かな?」
「現時点では不明だが、魔族討伐だろうな……大臣の方はヘレンがやるだろうし、な」
「ここで手に入れた情報は何か役立つかな?」
アルザの問い掛けに対し俺は唸る。
「どう、なんだろうな……魔王の真実を知ったところで、反魔王同盟の動きを変えられるわけでもない。俺達としては情報を求めて戦うという意味合いもあるけど、この情報が戦局に影響を与えるというわけではないだろう。一応、ヘレンには報告するけど」
「……なんというか、奇妙な話ね」
と、ミリアが水を飲みながら呟いた。
「本来、魔王に関する情報は魔界でしか手に入らないように思えるけれど……人間界であるからこそ、判明した真実と言えるのかもしれない」
「魔王の成り立ちはどうやらトップシークレットみたいだし、魔界内で情報が拡散されるのは、他ならぬ魔王の重臣が避けるだろう。魔界にいたら真実に辿り着くのはたぶん無理だし、知られたら滅ぼすまで追い詰めるんだろう。だからこそ、人間界へ逃げる」
「……思った以上に、魔界はとんでもないところのようね」
そんな感想を他ならぬ魔族のミリアが言う。
「そして事実を知った以上、私は魔界に戻るのは無理そうだけれど」
「手はあると思う」
「手?」
「ミリアが魔界を出たのは、真実を知った今だと正解だと言えるが……魔王候補であることには変わりがない。この状況でミリアが身の安全を確保した上で魔界へ戻る手段としては、魔王という存在を根幹から変えるしかない」
「変革、ということね……とはいえ私にはあまりにも荷が重すぎる」
「そうだな……ただ、魔王という存在を変えていかない限り、ミリアはいつまで経っても戻ることはできないことになる」
まあ、人間界に身を置くという選択肢もなくはないが……。
「反魔王同盟が魔王の真実について知っていて活動しているのだとしたら、人間界を攻撃しているのは魔王という存在を変えるために行動しているということなんだろう。魔王という存在をなくすのか、それとも違う形で魔王を生み出すのか……そこは不明だけど」
と、ここでアルザは手を上げた。
「質問」
「どうぞ」
「真実を知っていたとして、じゃあなぜ反魔王同盟は人間界へ攻撃しているの?」
「……そこについては推測の域を出ないけれど、たぶん強さの証明をしたいんじゃないかな」
「証明?」
「今の人間界……聖王国は魔王を倒した。英傑が集い、今ならば魔界へ攻めることすらできるのではないか、と思ってしまうくらいだが……そんな魔王に勝利した聖王国を、反魔王同盟が倒せばどうなる?」
「……魔王ではなく自分達によって勝利し、自分達に従えと主張ができるってことか」
「そうだ。絶対的な存在ではなく、自分達が……それを示すことで、魔王という存在そのものの必要性を揺るがす。それはきっと、ミリアがさっき述べた変革ということなのかもしれない」
「でも私達が迷惑被っているよね」
「まったくだ。そもそも魔王の侵攻自体が反魔王同盟の仕業だとしたら、俺達はひたすら迷惑を受けている。魔界内の騒動を人間界に持ち込んでいるわけだからな」
正直、勝手にやってくれと言いたいのだが……魔界に力を示すには一番楽な手段であると言えるからこそ、こんな騒動を引き起こしているのだろう。
「魔界にとって変革が良いのか悪いのかはわからない。ただ少なくとも人々を脅かしている以上、俺達にとって反魔王同盟は悪だ。よって、必ず滅ぼす」
「うん、そうだね」
「ミリアとしてはどう思う?」
「……魔族の観点から言えば、単純な二元論で片付けられる話ではなさそうね。ただ」
と、彼女は小さく肩をすくめる。
「人々が対抗しようとするのは当然よね。それに、反魔王同盟は聖王国の上層部にも何かしら影響を与えているのであれば、排除しようとするのは至極当然の話」
「魔王が人間界に侵攻したのが反魔王同盟の策略であったとしたら、これは魔王との戦いから始まったある種の戦争だ。聖王国側としては、全力で戦おうとするだろう。そして急先鋒は間違いなくヘレンだ」
「作戦、成功するかしら?」
「ヘレンの気合いの入れようから是非とも成功して欲しいけど、どうなるかはわからないな。ギリュア大臣は政治闘争について百戦錬磨。現時点で俺達のことに気付いているのか……そこに全てが懸かっている。もし気付いているとしたら、持ち前の政治力でひっくり返される危険性はある」
ヘレンの刃は届くのか……とはいえ俺達は、目前に迫る戦いに備えるだけだ、と心の中で呟いた。




