来訪者
真実を知った二日目が終了し、俺達は資料漁り三日目に入る。とはいえ、進捗はゼロ。トールと出会ったことで信じられないほど大きく進歩したわけではあるが、文献からの情報はまったくないし、そもそも現在魔王に対し主流の学説などとは違いすぎる話だ。どれだけやっても徒労なのでは、とさえ思えてしまう。
とはいえ、結論を出すのは一通り調べてから……そんな風に自分へ言い聞かせつつ、文献を読み込んでいく……ひたすら作業を進めていたのだが、それを止める人間が現れた。
「……ん?」
ふと視線を通路へ向ける。そこに、青いローブを着た男性が一人。
学者かな? そう思いつつ小さく会釈をすると、彼は笑みを浮かべ俺の真正面に座った。そして、
「――ヘレン様よりご伝言です」
小声ではっきりと男性は言った。同時、全身に緊張が走る。
「想定よりも早いですが、作戦を開始できる準備が整いました。五日以内にこちらの場所へお越しください」
そう述べて男性はメモを差し出す――彼はヘレン直属の騎士、ってところか。さすがに騎士の格好だと目立つから、わざわざ変装までしてきたと。
よく俺達がここにいるとわかったな……と最初考えたけど、目的地は連絡手段を通して伝えてあったし、だとすれば図書館で魔族や魔王のことを調べているのだろう……くらいの推測ができれば、ここへ来るのは容易いか。
「わかった。ありがとう」
メモを受け取ると男性は「お願いします」と一言添え、立ち去った。
まずメモを確認。このレインダールからそう遠くない駐屯地だ。五日も掛からないくらいかな。
「いよいよ、決戦というわけか」
俺は一言告げた後、静かに立ち上がり読んでいた文献を棚へと戻した。
そしてミリアの所へ向かう。そこでヘレンから連絡が来たことを報告すると、彼女の表情は強ばった。
「始まるのね」
「ああ……作戦が成功するのかわからないが、全力で挑もう」
「ええ、わかったわ」
「今日はまだ昼前だけど、アルザを探して話をしよう。三日以内に来いという期限付きだが、ここからなら一日あれば問題なく到着できる。今日準備して明日出発すればいい」
「アルザに伝えるのはいいけれど……見つかるかしら?」
「大騒ぎしている飲食店を見つければいい……いや、でもさすがに三日目ともなると町の人々にとっても新鮮味はなくなるか? ま、いい。とりあえずアルザと合流しよう」
ミリアは頷き、資料を棚へ戻し始める。俺はそれを手伝い、作業が終了すると彼女と共に図書館内を歩き出す。
「――お?」
そこで、トールの声が聞こえた。目を向けるとこちらに歩み寄ってくる彼の姿。
「昼食にしては少し早いな」
「今日は元々予定があったんだ」
適当に嘘を言う。急用ができたとか言って訝しがられても面倒だし。
「その用事次第で、ここを離れることになるかもしれない」
「作業は終了して撤収か?」
「どうだろうな。用事を済ませてここに舞い戻ってくるかもしれない」
「ほうそうか。ま、その頃には俺はいなくなっているかもしれないが」
微妙な顔をする。そんな表情を見てトールは笑った。
「情報を提供したとはいえ、どこにでもいるような死にかけの魔族だ。別に気にしなくていいんだぜ?」
「どこにでもいるのかはわからないが、なんというか、後味が悪いと思って」
「ずいぶんと気にするんだな。まあいい、なら用事をやっている間に疑問の一つでも出るかもしれん。どれくらいで帰ってくるかはわからないが、もう一度顔を合わせるまではどうにか生き延びるさ」
「……そんな簡単に寿命を延ばせるものなのか?」
なんとなく問い掛けると、返答はミリアからやってきた。
「魔族ならできないことはないわね。でもそれは潤沢な魔力があってこそだけれど」
「生命維持できる魔力くらいならどうにかなるぞ」
「……魔族だって死は怖い。普通なら生命維持できるレベルの魔力で死の淵にいるなんて、恐怖でしかないけれど」
ミリアの言葉にトールは笑みを見せる。大丈夫、というような雰囲気である。
「まあまあ、死にかけではあるがそうそう死なないから」
「矛盾しているわね……まあいいわ。ディアス、この様子ならあと五十年くらいは生きそうだし大丈夫よ」
「……そうかな」
まあ、俺が何かを言及して動く話でもないか……俺は「またな」と声を掛け、ミリアと共に図書館を出た。
「さて、アルザは――」
大通りを見回して、明らかに人だかりがある場所を発見。そこへ赴くとアルザがひたすら料理を口に運ぶ姿と、それを見る野次馬の姿があった。
うん、まだ新鮮さは失われていないようである……と、こちらの視線に気付いたかアルザは目を向け、
「どうしたの?」
「……連絡が来た」
それだけ伝えると、アルザは小さく頷く。
「時間的な余裕は?」
「明日出発すれば問題ないよ」
「わかった。なら今ある料理を片付けたら話をしようか」
ざっと五人前くらいは残っていたのだが……彼女はそれを三十分ほどで綺麗に平らげた後、驚愕する野次馬を残して俺達は移動したのだった。




