魔王に至る
トールが店から立ち去った後も、俺とミリアはしばらく無言となった。それは重苦しい空気ではなく、彼が語った言葉を吟味し……今まで得た情報と照らし合わせて考察する時間であった。
やがて最初に口を開いたのは、俺だ。
「アヴィン……もし、アヴィンが魔王候補となり、真実を知っていたとしたら……」
「人間界に逃げてきた、というわけね」
ミリアは言いながら腕を組み、
「全てを解明できたわけではないけれど……魔王という存在が重臣によって形作られた存在だとしたら、反魔王同盟という存在が多少なりとも納得がいく」
「彼らは当然、魔王の真実を知っているわけだよな」
「でしょうね。魔王の真実により反旗を翻したのだとしたら、彼らが目標としているのは魔王ではなく、魔王を生み出している重臣、ということになるかしら」
「ミリアは重臣がどういう存在なのか知っているか?」
問い掛けにミリアは首を左右に振った。
「残念ながらわからない……ただ、人間界で暴れ回っているのは反魔王同盟のようだから、魔王が潰えおとなしくしているのかもしれないわね」
「あるいは、次の魔王候補を探しているか」
ミリアはここで沈黙する……彼女は魔王候補として矢面に立たされるのを回避するため人間かにやってきたわけだが、それが図らずとも正解だったのかもしれない。
「もしトールさんが語ったことが真実だとしたら、重臣にとっては次の魔王を用意するために準備をすれば良いだけの話だ。正直、痛手はそう大きくないように思えるけど」
「そうかしら? 重臣達が魔王という存在を象徴として据え、裏で操るような形で活動しているとしたら、強大な力を持つ必要はないはずよ。その力で暴走する危険性だってあるわけだし」
「神輿を担ぐなら軽い方がいい、ということか」
「そうね……けれど重臣達は魔王に力を与えることを選んだ……その是非はともかくとして、ここから言えるのは魔王による統治には力が不可欠であり、また同時にその力を得るには間違いなく、相応の時間が必要になる」
時間――そう断定する根拠は何だと視線で俺は問い掛ける。
「……話を聞く限り、魔王候補は代替わりするよりも多く儀式を受けさせられている。先ほどディアスはその理由をいくつも語ったけれど、私は強大な魔王を生み出すため、と考えるわ」
「つまり、儀式と称して有望な魔族の力を魔王に与える、生け贄みたいな形か」
「そうね」
だとするなら……他の魔族と比べ遙かに強大な魔王の能力についても理解はできる。圧倒的な存在だからこそ魔王になれたわけではなく、重臣達の手で巨大な力を持たされ、魔王に至るのだ。
「ディアス、わかっているとは思うけれどまだ手に入れた情報を基に仮定しているような段階よ。これを確信に変えるにはもっと情報が必要だけれど……」
「魔王の真実とやらに迫った文献があるのかどうか……場合によっては反魔王同盟の魔族から情報収集した方がいいかもしれない」
「正直、私としてはやりたくないけれど」
「そこは俺も同感だよ……ただ、重要な情報は得た、と言ってもいいだろう。手にしたものはまだ点のままだけど、今度はそれを線で繋ぐ作業が必要になる」
とはいえ、果たして成し遂げることができるのか……。
「ミリア、トールさんに俺達が持っている情報を伝えるか? それによって資料漁りを手伝ってもらうとか」
「いえ、これ以上彼に踏み込ませるのはまずいと思うわ。元々風前の灯火の存在だし、私としては無理はさせられない……滅びゆくつもりなのであれば、そっとしておきましょう」
……彼女の言葉に、俺は頷くほかなかった。
俺達が再び図書館に舞い戻り、作業を進める。トールが近くへ来たりすることはなかったが、言葉通り図書館内にはいる……と俺は気配を探らないまでも確信を抱いていた。
まあ、彼からさらに詳しい情報を得るのは難しいだろうし、ここからは地道な作業で真実に近づいていくしかない。ただ、果たして人間界に魔王の真実を補強する情報が眠っているのだろうか? 疑問ではあったが、ひたすら資料を読み込んでいく。
そうしてあっという間に時間が過ぎて、二日目の作業は終了した。俺とミリアは合流して、さらに外でアルザとも顔を合わせ一緒に夕食をとる。そこでトールから得た情報を伝えると、
「魔王も大変なんだね」
「感想それか……いやまあ、確かに大変だと思うけど」
「そういう風にしなければいけなかったのかな?」
「……そこはわからない。でも、魔王という存在である以上は強大な力を持つことは当然だし、持たなければ魔族を率いることはできない、ということなのかもしれない」
そもそも、このシステムは誰が考え出したのだろうか? ついに魔王の成り立ちから興味を持ってしまったのだが……これ以上ここで調べても何も出てこないのではないか……そんな予感さえ、抱き始めていた。




