魔王の成り立ち
「まず、魔王城には魔王がいる玉座の間と同等に重要な部屋がある。重臣達は儀式の間と呼んでいた……俺は直接見たことはないが、そこには漆黒の球体が一つ置かれているらしい」
トールは俺達へ向け、淡々と話を続ける。
「これは魔王になる寸前で逃亡した魔族の証言だ。重臣達に連れられてそこに辿り着くと、いかにも禍々しい力を放つ物があった。おそらく手順としては、重臣共が魔王候補を何かの魔法で拘束し、漆黒に触れさせる……結果、魔王が生まれるって手順だろう」
そう語った後、トールはミリアへ視線を向ける。その目は、どこか鋭い。
「ここでもう一つの真実だ。俺は魔王城にいて、儀式の間とやらの中を見たことはなかったが、そこへ赴く重臣と魔族の姿は幾度も見た。それは魔王が代替わりするよりも遙かに回数が多い」
「それはつまり……儀式と称して魔王を生み出す行為は、日常的に行われていたの?」
「そうだ。魔王候補から選定し、魔王城に呼んで儀式を行う。ただ、その結果どういう形で魔王になるのかまではわからない。そもそも魔王が在位している中でも儀式は行われていたため、玉座にいる魔王と儀式の関係性は、不明瞭だ」
――考えられる可能性はいくつもあるな。俺が口を開く。
「トールの話が本当であれば、魔王というのは一個の自我を有する存在ではなく、魔王城による儀式によって生み出されるもの……だとすれば、代替わりとして公表していない間にも、魔王は入れ替わっていたのかもしれない」
「世間話をした俺からすれば、様々な表情を見せていた魔王……それらは、儀式によって変わったケースがあったと?」
「あくまで可能性だ。他にも色々と考えられる。例えば儀式を受けた魔族は魔王に取り込まれ人格の一つになるとか、あるいは儀式に耐えられた魔族が現れると代替わりを行うとか」
俺の推論にトールは「なるほど」と短く呟く。
「儀式の内容が詳しくわからない以上、これ以上言及は難しいが、ディアスさんが語る内容も十二分にあり得るな」
「その逃げた魔族というのは、寸前のところで逃げたのか?」
「ああ。拘束されるより先に……重臣達が動き出すより早く、全速力で逃げたと。魔族が禍々しい気配、などと語っていた以上は相当ヤバいものなんだろうな」
「……つまり魔王は、資質ある存在を取り込んで意図的に作り出されていると」
「ああ、そういうことになる」
「ただ、そうなると……魔界を支配しているのは魔王、と断言できなくなってしまうが」
「確かに、魔王に仕立て上げているのは魔王の側近達だ。この者達は魔王が代替わりしていても、同じ地位に居続けている……魔王という存在を目立たせることによって、自分達が矢面に立たないように動いている、というわけだな」
「そうなると、魔王が人間界に侵攻してきたのは……」
俺の言葉にトールは「そこはわからない」と首を傾げる。
「魔王自身が判断したと考えるのは早計だが、かといって重臣の仕業だと断定できる材料はない。魔王の成り立ちを考えると重臣達の操り人形のようにも聞こえるが、実際は魔王も自我は有している。果たして重臣と魔王自身、どちらの判断によって引き起こされた戦いなのかは……不明だ」
話がさらに複雑化してきたな……俺はあの魔王との戦いが、誰かによって仕組まれたものだという情報を持っている。そして反魔王同盟……彼らがこの真実を知っていたとしたら、現体制を壊すために人間界で行動を起こしている、という説明がつく。
構図そのものはある程度見えてきた……ような気もするが、まだまだパズルを完成させるためにはピースが足らないな。もしかすると魔王の人間界侵攻から反魔王同盟の動き……そして何より、魔王の成り立ち。これらは一本の線で繋がっているのかもしれないが、真相を解き明かすにはまだ情報が足らない。
ただ、ここからはより核心的な情報を得る必要がある……反魔王同盟ならば、情報を持っているのだろうか?
「もしかすると」
と、ここでミリアが声を上げた。
「魔王が人間界に侵攻した……そこには魔王ではなく重臣や、魔王に反発する者達の政治的な駆け引きがあったのかも」
「ああ、そこは可能性としてアリだな」
トールはミリアの言葉に頷いた。
「魔王の侵攻には裏がある……まあ、そもそも何の理由もなく魔王がやってくるなんて考えにくかった以上、裏はあって当然なんだが、それはおそらく人間の予想できない何かが隠されている、というわけだな」
そこまで語るとトールは俺達へニヤリと笑った。
「話の核心部分は以上だが……何か質問はあるか?」
俺とミリアは考え込む……が、双方とも沈黙した。
「なさそうだな。とはいえ、後々考えてみて疑問に思う点もあるだろう。俺は図書館にいるから、何か興味があれば話をしに来てくれればいいさ――」




