ある学者の話
ミリアの発言は、俺にとって多少なりとも衝撃をもたらした。
魔族――人間界には魔族が多少なりとも存在しているので、そこについては驚かない。問題は昨日と今日、二度話してその気配を把握することができなかったという点。
魔族の気配を漂わせていたら面倒事になるのはわかるので、隠しているのは当然だろう。しかしミリアのように道具で誤魔化しているようには見受けられないのだが――
「……ははあ、なるほど」
そして魔族と問われた男性、トールは納得したように声を上げた。
「勘づかれることなんて一度もなかったが、同胞であれば話は別だ。そっちは道具で気配を消しているのか」
「そうね」
あっさりと返事。魔族であることが露見したら面倒事になるのでは……と考えたのだが、トールは肩をすくめ、
「ああ、あんた方のことを誰かに話すつもりはないさ。そもそも彼女は気配的に人間だ。完璧に擬態しているし、俺が何を主張しても無視されるだけだ。そちらの冒険者と行動しているようだが……ま、訳ありってところか」
「……ミリア、なぜわかった?」
「まず、彼は道具などを使用して気配を隠しているわけではない。だからこそ気づけたのだけれど……人間にはわからないと思うわ」
「どういう理屈で気配を隠している?」
ミリアは目を細める。そしてどこか険しい顔つきを見せつつ、
「あなた、死にかけよね?」
「そうだ」
返事をするトール……って、
「えっと、死にかけ?」
「身の内に魔力がほとんど残っていなくて、今にも消え入りそうだってこと」
「もしかして、俺が気づけなかったのは……」
「魔力が薄すぎるからね。正直、ここまで魔力を失っている以上、いつ消えてもおかしくない」
「死なないギリギリのレベルでどうにか留まっているさ。まだ死ぬわけにはいかなかったからな」
肩をすくめながら話すトール。その様子は飄々としており、死にかけという言葉は似合わない。
「情報を誰かに渡すまでは、ということかしら?」
そしてミリアは核心に触れる……ふむ、目の前の男性が情報提供、というのは胡散臭い以外の何物でもなかったのだが、相手が魔族であれば話は別だな。
「あなたにとって情報を提供する、というのはそれだけ価値のあること、ということかしら?」
「そういうことだな……といっても、だ。これは俺が調査して手にしたものではない。具体的に言えば、俺が助手を務めていた学者さんのものでね」
「その辺りの話は受付の女性から聞いているわ。あなたは魔族として研究に協力していたのかしら?」
「そんなところだ……なんというか、学者さんは興味を持ったものに対し脇目も振らず突っ走るような人でね。本当に周りが見えなくなって山から転げ落ちそうになったこと、一度や二度ではない。調査に明け暮れた結果、ロクに水も飲まず徹夜をして部屋で倒れていたみたいなこともあった」
「無茶苦茶ねえ」
「そうだな。そんな無茶苦茶な存在だったからこそ……その成果を誰かに伝え、少しでも報いてやりたいと思ったわけだ」
――その目は、どこか過去を懐かしむような趣があった。
「ま、俺は色々あって人間界にやってきた。魔界を抜ける際にドンパチがあって、死にかけていたんだが、そこへ学者さんに助けてもらった。で、その恩義のため仕事に手を貸すようになったわけだ」
「恩人、ということね。それで、魔王に関する情報らしいけれど」
「学者さんの専門分野は魔王に関する歴史だ。歴代の魔王に関する調査などを様々な文献などを基に研究していく……まあ、魔王というのは魔界にいて、人間界に来るようなケースはほとんどなく、調べられるのかという疑問はあるだろうが……様々な魔族から話を聞き、その人は研究を進めていた」
そう述べた瞬間、彼は苦笑した。
「魔族を知るには魔族から、ということでアポなしで人間界にいる魔族に突撃するなんてこともやっていたよ。話を聞き入れてくれない場合は、それこそ話をしてくれるまで粘り強く交渉した。とにかく真実を手に入れることができるなら、なんだってやる……結果的に無茶がたたって病に倒れてしまったが、あの人は満足そうだった」
……俺はミリアと視線を重ねる。嘘か判断する魔法を密かに行使していたのだが、ここまでの話で嘘は言っていない。
彼を救った研究者……研究室が閉鎖になったこともあり、研究成果が世に出るどころか認められることもなかったレベルかもしれないわけだが……そんな状況に納得できないと、トールはこうして声を掛け情報提供をする人間を探していた、というわけだ。
正直、参考になるかどうかはまったくわからない……が、興味を抱いたのもまた事実。
「ミリア、どうする?」
彼女は黙って頷いた。そして俺はトールへ向け、
「わかった。なら話をしようか」
「信用するのか?」
「話自体を信じるかは内容次第だが、関心があるのは間違いないよ。場所を変えて、少し話をしようじゃないか――」




