イメージの固定化
一日目は成果なし……だったのだが、午前中に声を掛けてきた男性については詳細をつかんだ。受付の女性に聞いたところ、
「トール=ガードナーさんですね。十年ほど前からこの町に住んでいる方ですよ」
話によると、元々はとある研究機関の研究助手として活動していた人らしい。けれどその研究機関内にあるトールの担当場所が閉鎖となり、結局追い出されたそうだ。
「彼が助手を務めていた研究者もご病気で亡くなられています。それが五年ほど前の話になりますか」
「……情報を売る、云々言っていましたけど」
「彼が師事していた研究者の成果でしょうね。とはいえ、誰かがその情報を買ったということもなく。話によると魔王に関する情報らしいですが」
ふむ、一応この町に籍を置いている人であることはわかった……情報提供を感謝していると受付の女性は、
「悪さをするような話は聞かないので、入館を許可していますが、もし騒動があればすぐにご連絡を」
「わかりました」
一礼し、俺とミリアは外へ出た。空は赤色になり、一日が終わる。
図書館に入る前に予想はしていたが、夕刻は学生の姿が多くなっている。図書館で勉強でもするのか今の時間になって入る人もいるくらいだ。
「それじゃあアルザと合流しよう」
「ええ……ちなみに、何店舗回ったと思う?」
「さすがに一店舗か二店舗だろ。そもそも、全メニュー制覇なんて金が足りないだろ」
いや、安い店ならいけるのか……? そんな疑問を抱きつつ俺達は宿へ戻る。そこでは既にアルザが待っていて、
「お帰り」
「ただいま……何店舗回った?」
「え? 一つだけだけど?」
「一店舗で満足をしたと」
「いや、一日一店舗にしておかないと全部の店回っちゃうと思って」
想像を上回る回答だった。ミリアは笑い、俺は頭をかきつつ、
「まあ……アルザが満足ならそれでいいけどな。ちなみに金は大丈夫なのか?」
「そこはほら、闘技大会の賞金とか」
ああ、あったなそういうの……全て飯代で消えていくというのはどうなんだろう……いや、アルザが満足するのであれば、有意義な使い方と言えるのか。
「まあいいや……夕食はどうするんだ?」
「当然食べる」
「すごいなまったく……適当な店でいいか?」
アルザは頷いたので、宿近くの酒場に入って夕食をとる。その間に成果をおおよそ伝えると、
「先は長そうだね」
「まあな……ただ、論文とか文献とかを読んでいてわかったことが一つある」
俺の言葉にアルザは注目しつつ、
「それは?」
「アルザが持っている魔王のイメージというのは、どんな存在だ?」
「それは……強大で、魔族を支配し人間を脅かしている……って感じだけど」
「人間が作成した資料は概ねそれに近しいことが書かれていた」
「……何か問題があるの?」
「いや、そうじゃない。つまり魔王のイメージというのは人々にとっては結構固定化されている……で、その常識の外にある事実というのは、例え真実だとしても明確な証拠がない限りは異説扱いされる、というわけだ」
つまり、俺達が手にした情報はかなり異端であり、人間が行う魔王の研究にとってはあり得ないものだと認識している……研究者にとっては共通認識、と言い換えてもいい。
「つまり、ただひたすら現在の学説を追い掛けているだけでは、求めている情報は得られない、ということだ」
「なるほど……明日からアプローチを変えるの?」
「最新の研究とか文献を読み進めつつ、他の仮説を唱えている人の研究も調べてみる……そんな感じだな。ミリアはどうだ?」
「私も似たようなものかしら。それと」
彼女はどこか驚いた様子で俺へ語る。
「色んな文献を読んでみてわかったけれど、人間は魔族の生態とか、魔界のことをかなり詳しく調べているわね」
「ミリアからしても当たっている、というわけか」
「ええ。当てずっぽうで書かれているわけではなく、人間界にやってきた魔族の情報を元にして、ちゃんと理論を組み立てているわ。魔族に関する文献については、正確性は高いと言ってもいい」
「けれど魔王自身については違う……か?」
「そもそも、魔王の真実なんてものは魔族の共通認識とは違うからね」
魔族ですら知り得ない情報について、調べているのだ。正直この町で調べて結論が出る、とも言いがたいだろう。真実に辿り着くためには、まだまだ精進しなければならないようだ。
「ま、明日以降もひたすら文献漁りだな。アルザ、とりあえず明日も今日と同じで」
「わかった」
「食べ歩きも腹を壊さない程度にしてくれよ。食い過ぎが原因で作戦に参加できないとかになったら目も当てられないからな」
「わかってるわかってる」
手を振りつつアルザは応じるが……夕食もちゃっかり大盛りである。大丈夫なんだろうな、と俺は改めて苦笑するのだった。




