簡素な別れ
青い瞳の魔物を討伐しておよそ十日後、俺とオージュの検証は終了した。
「短期間ではあるが、まあ形にはなったな」
そう俺へ言う……研究の成果、と具体的に言われると微妙なところではあるのだが、俺が一人で今後魔法を改良していくための技術を得たという形だろうか。
オージュの協力によって強くなった、というよりは今後強くなるための基礎を得たというか……俺としては面白かったし、何より色々と勉強になった。
収穫はあったし、満足のいく結果と言っていい。まあ十日という時間は研究するにしては短いし、オージュとしては不満が残る様子だったけど。
「まあ、今後役立ててくれればいい」
そうオージュは述べて研究は終了。そして、肝心の魔族についてだが、
「冒険者ギルドで集めた最新情報によると、魔族は逃げたらしい」
「戦いに負けたのか?」
「そのようだ。けれど動きは捕捉していて、ここからだいぶ離れたみたいだ」
今も騎士や戦士に追われていることを考えると、この山に来る可能性は低いだろう。
「というわけで俺達の出番はなさそうだし、村もまあ大丈夫だろう」
「わかった。ディアス、ここまで助かった。正直、俺一人では手に負えるレベルではなかったからな」
「こっちとしても研究なんかを協力してくれたから、貸し借りなしさ。明日には出るつもりだが」
「ああ、それじゃあ最後の晩餐といくか」
――その夜は初日の歓迎と同レベルの料理が出された。で、その大半を初日と同様にアルザが平らげた。その食べっぷりは俺達が苦笑するほどであり……和やかに、最後の夜も更けていく。
「なあ、オージュ」
食事の終わり、俺はなんとなくオージュへ話を向けてみる。
「ギリュア大臣のやらかした結果、オージュは戦士を引退しわけだろ? 限界を感じて、という部分はあるかもしれないが、大臣が仮に捕まったりしたら、復帰するとかはあるのか?」
「さすがにないな。正直、ここで戦士を引退していなくとも、俺もいい年齢だ。どこかで限界は迎えていたはずだ」
そう冷静にオージュは応じた。
「俺の場合は他者の影響もあったが、結局のところどうあがこうとも同じ結末を辿っていたに違いない。その中で、今の生活を手にしたのは幸運だと思っている。この境遇だっていつまで続くかわからないが……ま、可能な限り頑張ってみるさ」
「そうか」
オージュとしては、ギリュア大臣のせいとはいえ今こうして森の奥にいることは満足している……後悔はない、か。ただ自分の技術が悪用されているという点を踏まえ、俺に色々と託した。
この思いには報いたいと俺自身感じたし、事の顛末は全て終わってから改めて語ることにしよう……そんな風に決意しつつ、俺はそれ以上尋ねることをせず、雑談に興じたのだった。
そして翌朝、俺達はずいぶんと簡素な形で別れるに至った。オージュは「何かあればまた来ればいい」とだけ言い残した。俺としてはそういう事態にならないようしたいものだが、何かあれば頼らせてもらうことにしよう。
オージュの家近くの村へ訪れて、そちらにも最後の挨拶をした。そうして俺達はようやく魔物のヌシが暮らす場所を離れることになった。
「ねえ、ディアス」
町へ向かう街道を歩いていると、ミリアが尋ねてくる。
「私達が得た情報だけど……」
「既にヘレンには情報として伝えた。前回冒険者ギルドを訪れた時……二日前かな? そこで返信があった。よくやったと」
「それだけ?」
「ヘレンとしてはかなり有用な情報であることは間違いなさそうだ……特にリューオンという研究所。そこでオージュが得た物的証拠はかなり価値が高い」
俺は懐を手で押さえる。オージュからもらったギリュア大臣に関する資料を預かっている。
「さすがにこの文書は誰かに見られる可能性を考慮して、まだヘレンに渡していないけど……近々どこかで落ち合おうってことになった」
「すぐにでも飛んできそうだけど」
「場合によっては町へ赴いたら会えるかもしれないな」
――そんなことを語っていた中、俺達は町へ辿り着き冒険者ギルドを訪れた……の、だが、
「やあ」
「おいおい……」
噂をすれば、というのかヘレンがそこにいた。
「資料をもらいに来た」
「こんな町中でいいのか?」
「この方が逆にいいのよ」
なんだかなあ……俺は懐から資料を取りだして彼女へ渡す。そして一通り資料を眺めるとヘレンはニヤリとした。
「戦士……元戦士のオージュさんだっけ? その人には後々たっぷりお礼をしないとね」
「本人は穏やかに暮らしているから、下手なことをすると逆に迷惑なんじゃないかな……」
「そう? 何はともあれどこかで挨拶くらいはしたいかな」
「で、それは決定打になるのか?」
町中なのでギリュア大臣の名は伏せつつ問い掛けると彼女は、
「これで追い詰めることができる、と断言することはできない。でも、有力な情報と、証拠が存在する場所があるとわかった」
リューオン研究所か……彼女はどういう絵図を描いているのか。言葉を待っているとヘレンは俺達を食事に誘った。
「良い店があるの。とりあえずそこで話をしましょう?」




