託されるもの
「オージュ、研究成果を奪われた事実とか、何かしらギリュア大臣に関する情報は持っているのか?」
俺が疑問を呈すると彼は小さく笑った。
「大臣と戦う気か?」
「……いくら俺でも、ギリュア大臣には敵わない。でも、やられっぱなしというわけにはいかないだろ。俺達は戦士なんて呼称だがその日暮らしのいい加減な奴らだ。でも多少なりとも魔族や魔物と戦ってきた自負と矜持がある」
無論、情報が純粋に欲しいという思いもあるが……それ以上に、オージュの仕打ちに怒りを覚えたのも事実。
「少しはやり返したいと思わないか?」
「……ディアスを泊めたのは、もしかしたら託せるかもしれないと考えたためだ」
思わぬ言葉だった。俺は眉をひそめ、
「もしかして、俺が大臣の手の者かどうか見定めていたのか?」
「正解だ。まあ、政治なんてものに興味がないディアスが大臣の手先だとは到底考えられなかったが……そもそも情報を渡して有効活用できるのか、という疑問もあった」
そこまで語るとオージュは肩をすくめ、
「結果としては、全部託そうと思う。ディアスは今も『六大英傑』を始め、国において重要な立ち位置の人物と交流がある。その人脈と俺が持つ情報を駆使すれば……ギリュア大臣を、崩せるかもしれない」
「大臣に関する情報というのはどんなものだ?」
「自分の息が掛かった研究所ということで、色々と脇が甘いところがあった。焼却処分するべき大臣の関連資料をいくつかかっぱらっている。ヘレン王女辺りに見せれば、効果を発揮するかもしれない」
おお、それはそれは……まさかこんな所に来て情報が集まるとは思わなかったが……いや、ギリュア大臣がやらかしたことが返ってきていると考えればいいのだろうか?
「ただ気をつけろよ、相手が相手である以上、追い込まれれば何でもやるだろうからな」
「そこは俺もよくわかっているさ……後は、俺に任せてくれ」
と、俺はここで一つ疑問が生まれた。
「ギリュア大臣が失脚とかしたら、戦士の戻る気はあるのか?」
「今の生活が気に入っているからないな」
「そうか……」
「ただ、研究を役立てることはできるかもしれない……ディアス、そちらの技術の強化だ」
「俺の?」
「俺がやっていた自分の魔力を研究する手法。それを習得すればディアスなら自分なりに上手く魔法を改良できるかもしれないと思ったんだが」
……なるほど、新たな手法か。アプローチを変えることで決戦術式をさらに強化する、とかはできるかもしれない。
「さすがに研究内容全てを語り尽くすのは時間が掛かるため厳しいが、強化魔法に関連する事柄くらいは説明できるぞ」
なるほど、確かにいけそう……修行により決戦術式なんかは改良したが、ここにオージュの技術が加われば、さらなる発展が望めるかもしれない。
戦士団を去った俺がこれ以上強くなってどうするんだという話もあるのだが……とはいえ、ギリュア大臣との戦いを控えていると考えると、色々とやっておくべきであるのは間違いないか。
「わかった。なら、世話になろうかな……ただそうするともう少しばかり滞在することになるけど」
「魔物を使役していた魔族が即座に動かないとも限らないから、もう少しくらいはここにいてくれると俺としてもありがたい」
「確かにそうか。わかった。ならミリアやアルザにも確認をとって、もう少しばかり世話になるか」
俺の言葉にオージュは頷く……正直、ここまで世話になるような間柄ではなかった。けれど奇妙な縁で――魔物との戦いを通じて、色々と関係が深まったのかもしれない。
そしてオージュとしては、俺に自分の仇を討って欲しいのかもしれない。技術を横取りされ、悪用されているという現状。それを踏まえれば俺に可能な限り支援をするというオージュの選択は、十分あり得る。
逆に言えば、ギリュア大臣は自らの行いで首を絞めている形になるのだが……彼としては盤石の態勢を築いているのだろう。今回の情報でそれを崩すことができるのか。
「さて、明日に備えて眠るとするか」
「ああ」
オージュの言葉に俺は同意しつつ、家へと入る。その後、ミリア達にも確認をとってもう少しだけ滞在することに。眠る前に多少ながらオージュが持つ研究資料についていくつか議論した後、俺はあてがわれた部屋に入り横になった。
明日はまず、冒険者ギルドへ赴き魔族に関する情報を得る。その内容次第で多少ながら俺の動きも変わるだろう。
あと、魔族がこの山の制圧に失敗したことで、自らが動くのか再び魔物を派遣するかによっても動き方が変わりそうだ。俺は起こりえる可能性を頭の中で吟味しつつ、やがて睡魔が訪れる。
――眠る前に、俺はオージュのことを考えた。彼は引退したことを新たな転機としてネガティブに捉えてはいないけど、その発端は同情すべきものだ。
ギリュア大臣によって、彼のように泣かされた人も多いのだろう……政治の世界は魑魅魍魎なのはわかるし、綺麗事ばかりではいられないのかもしれないが、俺達にも思うところはある。
向こうがそういうことをやっているのなら――こちらも存分にやってやろうじゃないか。




