要であり道具
その後、しばらく魔物のヌシとやりとりをしたのだが……インパクトのある情報は出てこなかった。核心的な情報というのはまだ得られないが、かなり進展はあったと言っていいだろう。
まさか知り合いを訪ねてこういう結果になるとは予想外だったが……ひとまず一連の情報をヘレンに伝えるのは確定として、俺達はどうすべきか。この山に魔物を寄越した魔族はいるみたいだが、そちらに関わるべきだろうか?
『……さて、これでおおよそ話したでしょうか』
魔物のヌシがまとめに入る。うん、聞きたいことは全て聞けた。
『改めて、騒動に手を貸して頂きありがとうございます』
「俺達としては村を守るために戦ったわけだし、気にしなくていいさ」
『そうですか……さすがにあなた方の戦いに手を貸すわけにはいきませんので、こうして顔を合わせることはないでしょうけれど……他に何か質問などはありますか?』
「――なら、一つだけ」
と、ミリアが一歩進み出て魔物のヌシと向かい合った。
「あなたは魔王という存在をどこまで知っているの?」
『魔王、ですか。私は人間界に身を置いている存在であるため、長く生きているとはいえ詳しい情報を持っているわけではありません……が、おそらく人間には知らないであろう話を一つ知っています』
「事実?」
『はい。端的に言えば魔王というのは魔界を存続させる要であり……また道具であると』
「道具……?」
ミリアは思わず聞き返した。ずいぶんと剣呑なワードが飛び出した。魔族が聞いたら怒りだしてもおかしくない。
『これは過去、この場所を訪れた魔族が語っていたことです』
「その魔族は一体?」
『素性などは知りません。三百年ほど前のことでしょうか……その魔族は人間界に入り込もうと色々な場所を調べていたようです……深くは語りませんでしたが、魔界の領域を脱することを目的としている雰囲気でした』
「人間に攻撃するのではなく、暮らすために?」
『そうですね。話の中で魔王という存在について言及した際、その魔族は魔王が道具だと語っていた』
道具……それが何を意味するのか。俺は相対した魔王を思い出す。人間にとって最大の脅威にして恐怖の対象。だがその実態は――道具?
『その魔族は名すら語りませんでしたが、多大な魔力を有している存在であることは一目見てわかりました。もしかすると魔王の座に至れる存在だったのかもしれません』
「自分が魔王として祭り上げられるかもしれない……そう考え、人間界に逃げようとした?」
『その可能性はありそうですね』
……人間にとって、魔王というのは倒すべき対象であり、また魔族の頂点であるという認識しかない。実際に魔族は魔王の指示を受け、手足となり動く。ただ、それにはどうやら人間の知らないカラクリがあるらしい。
魔王は道具……このフレーズは記憶しておいてよさそうだ。ただ、無闇に語るのもまずそうだが……ヘレンには伝えるべきかな。
『他に質問は?』
俺はミリアと顔を見合わせる。彼女は首を左右に振ったので、俺は、
「いや、もうない。ありがとう、助かった」
『お役に立てて何よりです。では、旅に幸多きことを』
――魔物のヌシは立ち去った。最後に人間くさい言葉を残したので、俺は思わず苦笑してしまった。
その後、俺とミリアはオージュの家へと戻ってくる。そして彼には魔物を使役する魔族の存在を伝えた。
さすがに反魔王同盟のことや、魔王に関する情報は伏せておく……この場所で暮らしていく分には必要のない話だし、下手に知って活動されたらまずいことになるかもしれないし。
「魔王を倒して以降、なんだか活動的だな」
オージュはそんな感想を述べると俺は頷き、
「その魔族がどう動くかだな……問題はこの情報、騎士に伝えるのは難しいということだ」
「なぜ知っているのかと聞かれたら答えようがないからな」
「ひとまず町へ赴き冒険者ギルドで情報を収集しようと思う……残る問題は俺達についてだが」
「旅を再開するか。タイミングとしてはよさそうだが、魔族に関する騒動に首を突っ込むのか?」
「微妙だが……戦況を調べてみて行くかどうかは判断するさ」
「……そうか」
魔族の下へ向かうかもしれない、ということを聞いてオージュは口の端を歪ませ笑った。なぜ笑うのか……疑問に思ったが、彼は何か踏ん切りがついたという顔をしていることだけはわかった。
「ディアス、一つ話をしたいんだが、いいか?」
「ん、そうか? なら俺も一つ話がある」
「そうか。残る二人はどうする? 少しばかり専門的な話になるが……」
「私達に関わりがあるなら、明日聞くわ」
ミリアはそう答え、アルザも同意するのか頷いた。今日色々あったし、休みたいという思いもあるだろうけど、もしかしたら配慮したのかもしれない。
俺とオージュは一度外に出た。綺麗な星、穏やかな森……俺は魔法の明かりで周囲を照らした時、俺が先んじて口を開いた。




