魔族の依頼
城内を案内してもらった後、俺は部屋へと通された。宿を選ぶ際に絶対選択しないような豪華な内装……さすが、と内心で呟きつつ、俺は軽くのびをする。
「仕事はひとまず終わりだな……」
今後どうするかはアルザと相談しなければいけないが……と、ここでコンコンとノックの音が。
「はい」
扉を開けると、そこにはオーベルクの近くにいた侍女が一人。青い髪の方だ。
「主様が話をしたいと」
「話?」
……わざわざ一人になった時に、ということは他の二人には聞かれたくないのかな?
断る理由もなかったので頷いて案内してもらう。辿り着いたのは広い部屋。俺があてがわれた客室と比べても広い空間だが、書棚を始め色々な物が置かれているため、開放的というイメージはない。
「来たか。そこに座ってくれ」
オーベルクは俺を出迎え、事務作業用の机の近くにある椅子を指し示した。こちらは無言のまま頷き、俺とオーベルクは机を挟んで向かい合う形に。
「君にいくつか確認したいことがあってね」
「その前に、質問を一つ」
「何だ?」
「俺が一人になった際にこうして呼んだってことは、ミリアには聞かれたくない話ってことか?」
問い掛けにオーベルクは少し間を置いた後、
「……ミリアが、というよりは君の意向が聞きたくてね」
「俺の、意向?」
「ああ。ここに呼んだのは……君に、いくつか仕事を頼みたいと思ったからだ」
まさかの、仕事。魔族からこうした話が舞い込むとは。
「俺に頼むということは、人間界に関わることか?」
「そう思ってもらって構わない」
「しかもいくつか、と言ったな」
「ああ。とはいえ、内容を聞けば結構面倒だとわかる。引き受けるかどうかはそちらで決めて欲しい。ただ、ここで交わした話は他言無用で頼む」
なんだか大変そうだな。こちらが黙ったまま頷くと、オーベルクは話し始めた。
「まず一つ目。この渓谷に棲まう……いや、棲み着いた魔物を退治して欲しい」
「……俺が?」
「そうだ。なぜ私自ら動くのではなく、依頼をするのかと疑問に及ぶところだろう。理由としてはその魔物、魔族に対し極めて強力な特性を持っている」
「魔族に対し……!?」
そんな魔物、見たことも聞いたこともないぞ……!?
「知らないという顔だな。それは当然の話だ。なぜなら魔界に生息する魔物を魔族が改良したものだ。もっぱら罪を犯した同胞などを処罰する際に利用される存在だからな」
「つまり人間界に本来はいない……」
「そうだ。しかし私を始末するために派遣された。こちらは可能な限り防備を整え、対策をしているため魔物も様子見しているような状況だが……人間に頼まなければ対処が難しいため、どうしたものかと悩んでいた」
そうした中で俺とアルザが来た……ってことか。
「そもそもなぜそういった魔物が?」
「実は魔王が出撃する際、ラシュオン家にも依頼が来た。なおかつ、この私にも命令がやってきた」
「え……!?」
「内容は人間界の中における攻撃……破壊工作だな。距離はあるが王都へ影響を与える何かをしろと」
「もしそれに従っていたら……」
「今頃魔王との戦い……その勝敗は異なるものとなっていた……は、言い過ぎだろうな。おそらく私が動いたとしても、何も変わらなかった」
話しながらオーベルクは肩をすくめる。
「しかし、だ。そもそも私はどんな指示も受け入れなかった故に、もしもの話は前提として間違っている」
「絶対に従わなかったと?」
「だからこそ私はここにいる。ラシュオン家は不戦派が主流で私もそうだ。魔王はどうやら従わなければ報復を、という考えだったようだから、結果として魔物が送られてきた」
「……その魔物は、魔王との戦い前からずっといるのか?」
「ああ。先にも言ったが防備は整えており、魔物は賢くそれに気付いているためにらみ合いが続いている。とはいえ放置することはできず、私が外に出れば襲い掛かってくる可能性は高い」
「そこで俺やアルザが……」
「そういうことだ。引き受けてくれるか?」
思わぬ仕事ではあるが、魔族に対し有効な魔物であれば俺に依頼するのも理解できる。もしかするとオーベルクにとって、俺やアルザの来訪は天恵と呼べるものなのかもしれない。
「……その仕事をどうするか返答する前に、他の仕事内容を確認してもいいか?」
「ああ、構わない。二つ目はミリアのことだ」
「彼女のこと?」
「もし今回、魔物を退治したとしても、滅びた魔王を支持していた者達は私を許しはしないだろう。故に、さらなる報復も予想される」
「執念深いな……」
「当然だ。指示を無視した私を放置すれば、魔王に従っていた者達としては面子が立たない」
ああ、それもそうか。
「よって、今後も魔物が来る可能性がある。私だけならいいが、ミリアにも危機が降りかかるのは避けたい」
「なら、他の場所に?」
「というより、だ。ほとぼりが冷めるまで君の旅に同行させてもらえないだろうか? 君や剣士アルザはミリアに対し理解がある。ここにいるよりも遙かに安全だ」
なるほど、そうきたか……俺は頭を悩ませることとなった。




