神聖視
朝食をとった後、俺はオージュと共に再び外へ出た。目指すのは俺達が立ち寄った村、十日に一度くらいの頻度で村へ向かい、仕事などがないかを確認するらしい。
一方でアルザとミリアは周辺の森を散歩するとのこと。闘技大会で喧噪の中にいたし、今度は逆に静かな場所で過ごすのもいい。
「森って意外と色んな音がするけどな」
「……なんというか、完全に染まってるなあ」
オージュの言葉に俺は苦笑しつつ、村への道を進んでいく。
「なあオージュ、昼食として二人には弁当を置いておいたわけだが、昼まで家には戻らないのか?」
「仕事の内容にもよるからな」
「なるほど。問題は俺が役に立つかどうかだけど」
「強化魔法は色々と役立つことも多い。個人的には頼りにしているぞ」
「それはどうも」
応じた俺にオージュは一度笑った見せた後、
「基本的に頼まれる仕事は長くても半日程度で終わるものだ。俺一人でそれだから、二人ならもっと早いだろ」
「二人いるから普段の倍仕事をやる、とかではなく?」
「複数あるケースも稀だからな……魔物の出現はそう多くないし。十日に一度しか村へ行かない、ということから仕事の少なさは理解できるだろ?」
「まあ確かに」
「緊急性を要する場合は直接家に来てくれと言ってあるが、今のところそういうケースはないな」
「大事件みたいなものはない、と」
「誰かが山に入って遭難とか、色々想定できるんだが……山奥は魔物もいるからあまり人が入らないし、奥だからといって実入りのあるようなものは少ないし」
「そもそも山に入る人が少ないと」
「そうだな。林業とかやっている人なら話は別だが、そういう場合は山側よりも町のある方角に植林しているからな」
とことん山を避けている、ということか。
「オージュ、一ついいか?」
「どうぞ」
「山の麓に住んでいて、この周辺に暮らす人々は山に対しあまり踏み込まないみたいだが、それは魔物のヌシと関係があるのか?」
「うーん、どうだろうな。そういう存在がいるという認識はあるし、村の人はそれぞれ思うところはあるみたいだが、忌避感はないんだよな。むしろそういう存在がいるから神聖視している節もある」
「神聖視か……」
「別に崇めているわけじゃないんだが、神聖な場所だから無闇に近づかないようにしている、といったところかな」
ふむ、だとするなら魔物の被害が少ないのも納得できる。ただ、普通は人間側が干渉しなくとも魔物が山を降りてくるはずだが、そういうことがまったくないからこそ、魔物のヌシが生きながらえているというわけか。
「魔物のヌシを倒す気か?」
オージュからそんな問い掛け。俺はすぐさま首を左右に振った。
「まさか、そんなことをする気はないよ。むしろ話を聞く限り下手に踏み込んだ方が厄介事を招きそうだ」
「そうだな……ただ、騎士とかそういう人からすると、こんな状況はいつ何時崩れるのかわからない、と警戒するかもしれないが」
聖王国の感覚としてはそうだな。魔物は人に害をなす存在であり、例外はないって感じだからな。
実際、公的な教育ではその辺りについて絶対に教える。動物とは異なる存在である魔物。それを見たらとにかく逃げろと教わる。子供なんかは無邪気に近寄ってしまい犠牲が出てしまうと考えれば、至極当然の教育である。
この山にいる魔物のヌシが仮に人語を理解し話せる存在であったとしても、それは例外的な存在であり聖王国の基本方針は変わらない。
ただこの山の周辺が奇妙な共生状態にあるというだけ……やがて村に辿り着く。そこでオージュがいくらか話をすると、
「ディアス、薬草採取の仕事があった。請け負うことで食材をくれるそうだ」
「本当か? なら行こうか……場所は?」
山奥、というわけではないがそれなりに山へ踏み込むようだ。切り立った崖の上に生えているらしく、浮遊系の魔法とか使わないと危険らしい。
「オージュさんが来てくれて薬をたくさん作れるようになったんだ。助かっているよ」
依頼主の男性と話をすると、そんな言葉が返ってきた。
「あなたはオージュさんのご友人?」
「戦友、といったところですね」
「なるほど、そうですか。正直、私達としてはオージュさんが本当に魔物と戦っていたのかと、驚く次第でして」
彼らにとってみれば穏やかな姿こそ真実、というわけか。少なくともオージュは戦士として見せていた姿はここに来て以来他人には見せていない、と。
本当に変わったなあ、などと胸中で呟く間にオージュが俺へ話し掛け、薬草採取へと向かうことに。山へと足を踏み入れようとした時、
「……ん?」
駆け足で先ほど話していた男性へ声を掛ける女性の姿が。何やら尋ねているようだが……男性は朗らかに応じている。俺はそうした村人の光景を見つつ、オージュと共に歩き続けた。




