居を構える理由
城内は渓谷に作られたため日の光が当たる場所はあまりない……のだが、魔法の明かりが的確に配置されているため、城内は真昼のように明るかった。
「この山の魔力を少々拝借し、それを利用して城内全体に光をもたらしている」
オーベルクは廊下を歩きながら俺へそう解説する。そこでこっちは、
「もしかして、この城がこういう形なのは……」
「大地と密接に結びつくことで、魔力を使いやすくするためでもある」
結びつくというより一体化しているような感じだけど。
「防衛上の理由などもあるが……そういった点は現在においてあまり意味を成さないな」
「どういうことだ?」
「過去、ここに居城を構えた時は私も少なからず警戒していた。勇者が来たとしても迎え撃てるように……実際、ここに居を構えて少しの間は度々攻撃を仕掛けてくる人間がいた」
「まあ、突然渓谷の中に城を建てたら人間は警戒するよな」
「説明はしたのだがね」
聞き入れてくれなかったということなのだろう。
「もっとも、私は人間を返り討ちにしても殺しはしなかった。あくまで私は、ここで暮らすために居を構えただけだ。人に迷惑を掛けるつもりはない……ということを説明し、やがてエルデア聖王国もそれを理解した」
「結構長い時間掛かったんだろうな」
「人間の基準からすれば、人の寿命が終わる程度には……最終的に渓谷内で生まれる魔物を駆除するのと引き換えに、ここで暮らしている」
「……答えられるのであれば、でいいんだが一つ聞いていいか?」
「質問内容は推測できる。なぜ私が人間界のこんな場所に居を構えたのか、だな?」
俺は素直に頷いた。
「何か理由があるのか?」
「極めて単純な話だ。ミリアから家柄のことは聞いているか?」
「古い血筋で、魔王が滅んだことで候補に上がるくらいには……ということだけ」
「うむ、ラシュオン家は過去魔王に仕えていた……しかもそれは魔界で初めて魔王が生まれた時のことだ」
「無茶苦茶歴史があるんだな」
「そうだ。その縁でラシュオン家は重用されてきた歴史がある……のだが、人間と同じく魔界にも政争というのがあってだな。私は言わば当時の政争に負けてしまい魔界にはいられなくなった敗残者というわけだ」
「……魔王に付き従う魔族も苦労しているんだな」
「無論だ……とはいえ、私が魔界を出たことでラシュオン家の大半は災厄から逃れることができた。政争相手が私に対する個人的な恨みで攻撃していたことも大きい」
と、ここでオーベルクは笑う。
「私が消えたことでラシュオン家は今まで存続し、私の両親は年の離れた弟を産んだ。彼がとある子女と結ばれ、生まれた子がミリアというわけだ」
「年の離れた……」
「人間と比べ遙かに寿命の長い魔族は、百年単位で差のある兄弟などが生まれるというわけだ」
なるほど……なんというか、血縁関係だけでも壮大だと思っていると、オーベルクはミリアへ問うた。
「ミリア、年齢はいくつになった?」
「二十一です」
「え、思ったより若い」
アルザが驚いた。彼女も魔族だから、俺達よりずっと長い時間を生きてきたと思っていたようだ。
そんな反応に当のミリアは口を尖らせる。
「気になるなら尋ねても良かったのよ?」
「まあまあ、年齢や容姿のことは下手すれば面倒事になりかねないからな」
オーベルクは笑いながらフォローを入れる。
「さて、私の身の上についてはこのくらいでいいだろうか? まだ質問はあるか?」
「……聖王国に認められている、でいいんだよな?」
「少なくとも今は。とはいえ、監視とまではいかないが観察されてはいるだろう。特に、君達が魔王と戦うより少し前は、そうした目が普通より多かった」
「国も警戒していたってことか」
「私が魔界を離れた経緯から考えれば、魔王に加勢するとは考えにくいが、もし寝返ってしまったら大惨事になるためだろうな」
そこまで語るとオーベルクは俺へ視線を向けてきた。
「私は当代の魔王に会ったことはないが……強かったのか?」
「それは勿論。何度死んだかと思ったことか……ただ、あんたが仕えていた魔王と比べてどうなのかは知らないが」
「伝え聞く噂によれば、当代の魔王はまさしく最強だったらしい」
「……魔界から情報を得たのか?」
「人間界に来てはいるが、一応魔界とやりとりはしていたからな。そうした話によると、類を見ないほどの力を所持していた」
――俺はここで沈黙した。アルザやミリアは突然無言となったためか視線を向けてきた。
一方でオーベルクは何も発さず、ただ俺へ目を向ける……こちらの沈黙をどう解釈したのかわからないが、
「……ともあれ、魔王は滅んだ。人間の力の大きさ、その対策が非常に効果を上げた結果だと考えていいだろう。いくら一存在が強くなったとしても、集団を形成する人には勝てないのかもしれない」
そうしたことを述べた後、オーベルクはさらに廊下の先を手で示す。
「さて、次の場所に案内しよう――」




