穏やかな姿
「俺はその戦いで、理解してしまった。自分の魔法は高位魔族には一切通用しないと」
どういった戦いだったのかを俺が説明した後、オージュはそう口にした。
「戦いの経験から自分なりに魔法の強化はし続けた。自己流とはいえ、魔法の特性や自分の魔力のことは完璧にわかっていたからな……だが、どれだけ修練を重ねても、あの魔族との戦いに勝つための力……それを得るには至らなかった」
「威力を底上げするのは限界だった、ということか?」
「そんなところだ。自己流で魔法を練り上げたことが徒になった、と言うべきか。自分の魔法は様々なアレンジを施し魔族を出し抜いてきた。強固な結界を構成する魔族も、自分の魔力を練り上げシュウラのように一点突破すれば対処できていた……あの戦いまでは」
「けれど、あの戦いでは通用しなかった」
「魔王の側近クラスの恐ろしさを、しかと理解できた瞬間だった。それに気付いた時、このまま研究を進めても意味がないと悟った。いずれ来るであろう限界が、その時だった」
「……でも」
と、ここで俺ではなくミリアが声を上げた。
「様々な研究を行っていた以上、色々と考え対策も編み出したのでは?」
「ミリアさんが言うことは事実ではある。確かに限界を感じながらも、やれることはあった。けれど」
オージュは小さく息を漏らす。
「限界が思いのほか近くにあるのを理解した途端、精神的に続けるのは無理だと感じた」
「精神的に……?」
「どれだけ自分の魔法を突き詰めても、戦ったあの魔族を一撃で倒せるほどの威力は無理だろう。もちろんシュウラの魔法はディアスの強化があってのことだが、同じ状況で俺が魔法を繰り出しても通用しなかったはずで……根本的に威力が違う以上、援護があってもあの魔族には到底届かなかった」
そこまで言うとオージュは笑う。昔の自分自身に向けた、皮肉を込めた笑み。
「そう理解した瞬間、英傑としてシュウラやセリーナと並び立つことも無理だと確信した……年齢的なこともある。ディアスだって三十を過ぎたくらいから限界は感じていただろう?」
「まあ、な」
「ディアスのように他者を強化するのであればまた話は違ってくる。それに、強化魔法というものは老化による身体能力のハンデも一時的ではあるが埋めることができる。ディアスがここまで長く第一線で戦い続けられたの理由もそれだが……俺は違った。他者を援護するなんて、自分の魔法しか探求していなかった俺には土台無理な話。だからこそ、ここが終着点だと悟った」
……先がないとわかったからこそ、引退を決意した。そして一度そう決めてしまった以上、戦う意思もなくなったと。
「幸い名が売れていたことで結構な収入もあったし、酒や女だと散財していたわけでもないため蓄えはあった。だから、余生を過ごす場所を探すことにして、ここに行き着いた」
オージュはそこまで語ると一度言葉を切った。俺は彼の様子を窺いつつ、少し間を置いた後に一つ質問した。
「もう魔法の研究はしない……興味も失せたのか?」
「たまに、時間を見つけてやっているよ。でもそれは魔族と戦うものではなく、自衛のためや、生活のため。もし村が魔物に襲われたら戦うつもりではいるよ。周辺にいる魔物を追い払うくらいのことは容易いからな……でもそれは、机にかじりついて魔法を練り上げる必要はないだろ?」
「そうか……」
俺はオージュがどれほど必死に研究しているのか、一端ではあるが知っている。どこか鬼気迫るその姿からは考えられない、穏やかな表情で自分のことを語っている。
彼にとって魔法の探求はライフワークに近いものだったはずだ。けれど限界を悟り、引退したことで研究はしなくなった……魔法を嫌いになったわけではないが、自分の意思で距離を置いた。
そこには苦悩や葛藤があったはずだが、今のオージュはそれを見せることはしない。であるなら、これ以上俺がとやかく言うのは野暮というものだ。
「わかった、話してくれてありがとう」
「どういたしまして……気になったことは解消できたか?」
「まあ、な」
ミリアやアルザも頷く――二人は彼のことを今まで見たことがなかったので、それなりに納得はしている様子。
けれど俺はなお疑問があった。自分に厳しく、ストイックに研究し続けた彼が、そう簡単に諦めるのだろうか? 何か別に理由があったりしないのだろうか……そんな風に考えるのは、おかしいだろうか?
「さて、食事も終わりだが……」
ここでオージュが苦笑。見ればテーブルにあった豪勢な料理が全て消えていた。
「大半、アルザが食ったな……作りがいはあるが、滞在中は毎日狩りに出ないとまずそうか?」
「別に毎日この量を食べないといけないわけじゃないよ」
「そうか? だがここまで来てくれて魔王との戦いについて話してくれたとあっては、それなりにお礼はしないといけないな……ふむ、どうするかは明日考えるか」
「狩り以外にも何かあるのか?」
「この時期に旬を迎える果実とか、川魚とかもよさそうだな」
明日のメニューを考え始めるオージュ……そうした中、俺は彼を見据え思考を巡らせ続けた。




