彼女の剣
アルザがエリオットへ仕掛けた瞬間、闘技場内の気配が明らかに変わった。それは彼女がとうとう新技法を使ったため……対するエリオットはさらに後退する。とことん様子を見て対処を決めるという腹づもりらしい。
そこでアルザはさらに迫ろうとする。この攻防の結果は彼女の方が上回っていたようで、間合いを詰めることに成功した。
剣が繰り出される。それをエリオットは刀身に魔力を収束させ防いだが……表情が変わったのを俺は見逃さなかった。
技法についてどこまで把握できたかは知らないが、少なくともこのままではまずいと直感したらしい。とはいえ、仕掛けを暴いたからといって対応できるかは別問題……やがてアルザが押し始める。それを見た観客は一気に沸騰した。
時間的にはまだ短期決戦の範疇。アルザとしてはこのまま強引に攻め続ければ……反面、エリオットはここをしのげればといったところだろう。
アルザの剣は明らかに鋭くなり、エリオットの体に当たりそうだが……ギリギリ踏みとどまっている。とはいえこれは時間との勝負だ。アルザの剣が届くのが先か、エリオットが適応するのが先か。
その時、アルザの剣がとうとう相手の剣を弾き飛ばした。そして続けざまに斬撃を放ち、それがエリオットへ当たる。
「ぐっ……!」
食らったエリオットは声を発しつつ、無理矢理後退。とはいえ、傷は浅い……が、互角の勝負を繰り広げる状況では傷一つ、痛み一つで命取りになることもある。よって、彼としては絶対に負傷したくなかったはずだ。
けれど……さらにアルザが押し込む。二撃、三撃と剣を当てればそれだけ勝利がぐっと近づくのだが……ここでアルザの剣が止められた。さすがに連続で当てるのは難しいか。
しかし手傷は負わせたし、有利になったのは事実だろう……エリオットはさらに下がった。ここでアルザは追撃せず、剣を構え直す。
アルザの方が攻めないため、長期戦になることはほぼ確定しただろう。ならばエリオットが有利……と、観客は思うところだろうけど、そういう状況にはならない。
エリオットも気付いているだろう……新たな技法によるアルザの変化を。
両者がにらみ合ったまま硬直し、時間が経過する。これまでのアルザならば、ただ立っているだけでも退魔の能力により魔力を消費し続けていたため、時間が経過すればするほど不利になるのだが、今日は違う。
それはエリオットも理解したようで……観客席からでもわかるくらい険しい表情を浮かべながら、じっとアルザのことを観察する。
観客は二人の様子に気付いたか、歓声が収まり闘技場内が静かになっていく。ヤジを飛ばす者などおらず、固唾を飲んで見守る人が多くなっている状況だ。
この状況が変化したのは――十数秒後、アルザが動いた。刀身に込められた退魔の力は相変わらず強固であり、エリオットは刃を真正面から受けたが、完璧に勢いを殺すことはできなかった。
彼はアルザから逃れるように後退を始める。後ろばかりで壁際まで詰め寄られてしまうため、横へ逃れる形で距離を置こうとする。
傍から見れば、エリオットは打開策がなくどうすべきか思案している風にも見受けられる。それが演技なのか本物なのかは微妙なところではあるのだが……アルザの剣が彼の体を幾度も掠める。最初と比べ明らかにエリオットの動きはキレが悪くなっている。このままの状況が続けば、勝つのはアルザだ。
ただ、他ならぬアルザ自身がそう思っていない……というより、まだ見せていない何かがあるだろうと考えているはずだ。ではエリオットはどう動くのか。
その時だった。エリオットが握る剣から魔力が生まれ、それがアルザの剣と激突した。退魔の能力があるため魔法は通用しない……けれど、限界まで高めた剣により、アルザの剣が完全に止まる。
その瞬間、観客は再び沸騰。長期戦かつ、戦況は均衡した……やはりエリオットが有利か、といった声が聞こえてくる。
戦いは鍔迫り合いの様相を呈し、力負けした方が敗北しそうな状況。ここでエリオットはさらに魔力を高めた。限界まで力を収束させて押し切るという形らしい……これは本来、望んだ戦法ではないだろう。強引なやり方である以上、リスクが大きい。堅実に戦うエリオットからすれば、リスクのある勝負をするということ自体が不本意のはずだ。
けれど今は、リスクを背負わなければならないと判断した……それに対するアルザの回答は、さらに剣に退魔の力を注ぐことだった。今までとの違いは、エリオットと同じように限界まで集中させること。ただ彼女の方は少し異なり、剣だけでなく腕全体に力を結集させているような感じだろうか。
それが意味することは何か――次の瞬間、双方の魔力が闘技場内で渦を巻き、まったく同じタイミングで動き出した。




