たった一戦
俺の方から仕掛ける……という状況に対しヴィルマーはまず目を見開いた。さすがに予想外だったらしいが、戦闘エリアの狭さを考えれば仕方がないことだと思ったか、すぐに表情を戻した。
杖をかざし接近してくる俺にヴィルマーは剣を素早く構え――杖と剣が激突する。魔力が迸ってほんの一時鍔迫り合いとなったが、俺はそこで杖先に魔力を集め、魔法を撃つ準備を行う。
ヴィルマーはこれで逃げるかと思ったが、退かなかった。むしろ俺の動きは当然だろうという雰囲気だ。
何かしら作戦があるのか……そう思いながらも俺は魔法を放った。零距離からの雷撃であり、直撃すればさすがに無事では済まないはずだ。
だが、結果は……魔法を受けてもなおヴィルマーは超然としていた。手応えはあったが、来ると分かっていれば耐えられる。そういう心づもりだったか。
俺は追撃の魔法を放とうとしたが、それよりも先にヴィルマーが動いた。俺の杖を押し返すと姿勢を少し低くして迫ってくる。無詠唱魔法だろうと攻撃する隙を与えない――そういう意図が見え隠れする。
俺はなおも魔法準備を進めながら後ろに下がりながら時間を稼ぐ。とはいえ、狭いフィールドであるためすぐに逃げ場はなくなる。だがほんの僅かだが俺とヴィルマーとの間に空間ができた……すぐさま魔法を解き放つ。
再び大量の魔法だが、それでもヴィルマーは攻めた。俺はそこでこれ以上やったら怪我をさせてしまうのではと内心ヒヤリとなる。俺もそうだが、彼もこの戦いに集中し、この戦いに勝つため全力を尽くしている。まず間違いなく闘技大会のことなんて忘れ去っているだろう。
とはいえ、俺の方も止めることはできず……魔法が直撃する。顔面などに当たりそうな魔法は斬って捨てたが、それでも多くの魔法が当たって目の前が閃光によって染まった。
だが俺は魔力で相手の動きを知覚している。それでもなお突撃してくる。ならば俺は杖で攻撃を防ぎながらさらなる魔法を――
そう思った矢先、ヴィルマーが持つ剣に魔力が収束した。これまで以上の気配を漂わせたそれは、間違いなくこちらの攻撃を受けても構わない……負傷しようがこれで仕留めるという気概を持つカウンターの一撃だ。彼はこれを狙っていた。となれば、俺は彼の攻撃を防げば無防備になると確信。杖に魔力を集め防御と魔法準備を始める。
魔力によって杖を限界まで強固に。それと共に杖の内に魔力を集め反撃準備。ヴィルマーが放つ渾身の剣戟を防ぎ、鍔迫り合いになると同時に魔法で吹き飛ばす!
作戦を立て、光によって見えない中でヴィルマーが来る。俺は杖を振りかぶり相手の剣に合わせようとして――気付く。彼が持つ剣に宿る力を。
杖とぶつかれば、どうなるかわからない……直感ではそう判断したが、このまま押し通すと決断。剣と杖が激突するより前にさらに防御の力を高め、相手の剣を真っ向から防ぎきる――
「そこまで!」
カトレアの声が響いた。直後、俺とヴィルマーの攻撃は激突する寸前で止まった。
「やれやれ、危なかったね。それが激突すれば、どうなるかあたしも予測できないよ」
視界がクリアになる。俺とヴィルマーは視線を交わす形となり、双方がほぼ同時に武器を引いた。
「思わず見入ってしまったよ……すまないね、ディアス。気付いた時には砂時計は落ちきっていた」
「……大丈夫です」
返答すると同時に結界が解ける。そこでヴィルマーへ視線を向けると、やれやれといった様子で俺を見返していた。
「自分のことをずいぶん低く評価しているみたいだな」
「そうか?」
「今の攻防、間違いなく俺が負けていたな。で、魔法で弾き飛ばされるか剣を弾かれるかされて終わりだった」
……俺が考えていた通りの結末になると、ヴィルマーは思ったらしい。
「闘技大会に出れば、優勝するかもしれないぞ?」
「この術式は体の負担も大きいからな。乱用できない」
「残念だなあ、その力、会場も白熱しただろうに……ま、こうした場ではあるが体験できたから良しとするか」
にこやかに――負けたとわかった上で、ヴィルマーの表情は晴れ晴れとしていた。
俺は周囲を見回す。ミリアやアルザは俺の戦いぶりを以前も見ていたのでさして表情に変化はない。一方でカインについては何事か考えている様子だ。俺はそんな彼に声を掛けてみる。
「どうした?」
「……これが、魔王に挑んだ実力というわけか」
感服しているような雰囲気である。ただまあ、これが闘技大会において無闇に使えないものであることは理解したようで、
「たった一戦、勝てばいいという前提の魔法ではあるようだな」
「そうだな。形式的に俺の魔法は連戦には向かない……正直、数分程度の戦いだったけど、三日くらいは使わない方がいいな。体に支障が出る」
「闘士と魔族や魔物へ挑む冒険者との違いか……勉強になる」
うんうんと頷いているカイン。そこで俺はカトレアへ目を向け、
「どうです?」
その問い掛けに対し、カトレアはしばし沈黙した後……俺へ向け口を開いた。




