英傑がいる理由
別室へと移り、俺達はクラウスと話をする。戦士団を脱けて以降、俺がどのような旅路を辿ったのか……ミリアとの出会いから一通り話をした。
クラウスとしてはその全てが既知の情報ではあったはずだが、彼はうんうんと頷きながら聞き続けた……そして、
「話してくれてありがとう。ディアスから改めて聞いたことで、より状況が鮮明になった」
「それはどうも……で、だ。クラウスがこの場にいるのは――」
「国側としてこの闘技大会を滞りなく進めるためだ。王都の襲撃から始まっている一連の出来事……その全てが関連しているかは不明だが、関連がなくとも魔王が滅び残された魔族達が人間界に干渉し続けていることは明白。よって、最大限の警戒をするというわけだ」
「……中止するという選択肢はなかったのか? 一年延期とか」
俺の問い掛けに対し、クラウスは渋い顔をした。
「もちろんそうするべきではという提言もあったようだ。とはいえ、最終的に開催すると判断した」
「……その判断を決めたのは誰だ?」
「そこは国の総意だ。誰が主導的に、というわけではないようだ」
「このイベントはそれだけ聖王国にとって重要、ということか」
「そういうことだな……王都襲撃という事件があった以上、人々も中止になるのではという危惧をしていただろうし、やめるべきだと主張する人もいるだろう。ただ」
と、ここでクラウスは苦笑した。
「確かに王都は攻撃されたが、被害は軽微……冒険者ギルド襲撃についても犠牲者はいなかった。そうした事件には英傑が関わっているというのは人々の耳に入っているため――」
「魔王を倒した英傑がいれば、大丈夫という認識になるわけか」
確かに、大きな事件ではあったが被害は決して大きくない……騎士団は無茶苦茶大変だけど、目に見えて犠牲が出ているわけでもないため、人々が楽観視してしまうのは仕方がないかもしれない。
「だからこそ、闘技大会は行われる……とはいえ、これほど大規模なイベントである以上、魔族が攻撃を仕掛けてくる可能性は十二分にあるため、私が派遣された」
「クラウスが運営側にいる、という情報は世間に伝わっているのか?」
「まだだ。私もここに来て一日しか経っていないからね。その辺りの情報は近日中にでも明かされるだろう」
「そうか……」
「それでディアス達は、大会に出場するのだろう?」
「俺達ではなくアルザが、だな。で、俺の顔の広さもあるし、落ち着いて休める宿でも紹介してくれればありがたいんだけど」
「わかった。そのくらいならば構わないだろう」
そう言ってクラウスは俺達へ宿を紹介。これでヘレンの紹介状は役立った形になるが、
「ディアス達には、場合によって手を貸してもらうことになるかもしれない」
「事件が発生したら、ってことか?」
「ああ、そうだ」
「そういうことがないことを祈るけどな……ま、もしもの事態になったら協力させてもらうよ」
「頼む」
「……なあ、クラウス。これを機に確認したいんだが、クラウスとしては一連の事件をどう考えている?」
「敵は十中八九、国の人間から情報を得ているだろう。間違いなく権力者……その人脈などを利用して、様々な実験や仕込みをしていると考えてよさそうだ」
彼の言葉に俺は「そうだな」と同意しつつ、
「怪しいと思う人物は?」
「王宮勤めをしている存在かどうか不確定ではあるが……もし王宮内にいるとしたら、いくらでも候補は挙げられるな」
普段から大臣などと接する彼からしたら、全てが疑わしいってことか……。
「この一件については、ヘレン様も動いている。あちらは既に何かつかんでいるかもしれない……ディアスは何か聞いているか?」
「いや、何も」
咄嗟に嘘をついた。ヘレンから口止めされているからな。
「そうか。もし情報があればヘレン様に頼む」
「……とりあえず、王都については問題ないんだな?」
「無論だ。でなければ私はここに来ていない……魔王と戦い、さらに王都を攻撃されたんだ。私は不在となるが、王都の防衛は間違いなく歴代で最高クラスと言っても過言ではないだろう」
……まあ、立て続けに事件が起きているわけだし、警備を強化しているのはむしろ当然と言えるか。
「闘技大会は問題なく日程通りに行われる……参加するための登録方法などは問題ないか?」
「そこは俺も知っているから大丈夫」
「わかった……アルザ、魔族や魔物との戦いとは勝手の違うものになるとは思うが、慣れてもらうしかなさそうだな」
「まあなんとかなるよ」
楽観的に応じるアルザ。その表情は、何があっても優勝しなければという雰囲気はないが、かといって鋭い視線は相変わらずで、好戦的な部分と楽しもうという感情が入り乱れているようだ。
「試合については、観戦させてもらうと」
そしてクラウスはアルザへ述べた。
「今のアルザの実力……それをしっかりと見させてもらうことにしようか」
そんな彼の言葉に対し、アルザはコクリと頷いたのだった。