幕間:戦争開始
最終的に、ディアス達がツーランドを離れたのは数日後だった。それを見送ったヘレンは、冒険者ギルドで忙殺されているエーナと顔を合わせる。
「ディアス達は町を離れ、残ったのは私達だけ」
「私とノナも明日にはこの町を離れるよ」
――その言葉通り、翌日にはエーナ達も冒険者ギルドの本部へ帰っていった。最後に残ったのはヘレンだけ。けれど他ならぬヘレンも、数日後にはツーランドを離れることになっていた。
騒動を解決したということで、ヘレンは最終確認を行う。町はまだ混乱しているが、騎士団が率先して動いており目立った問題は発生していない。加え、町の人々に掛かっていた思考誘導の魔法についても効果は切れており、捕まった町長を表立って支持するような人も見受けられない。
懸念はこの町を襲撃した魔物――それを率いた魔族の存在。とはいえ、もう直接的に手を出してくることはないだろうとヘレンは推測していた。
「ここでの活動はリスクもあるしやらないだろうな」
もし顔を出すとしたら別の町――騎士団は現在、広域に警戒網を構築して魔族や魔物の存在がないかを調査している。ツーランドへ攻撃されたのは半ば奇襲であったが、この警戒網によって今度は事前に気付くことができる。
「町長もいなくなったことだし……この町は問題なさそう」
あくまで「この町」というところが、騒動の大きさを物語っているとヘレンは思う。
魔王を討伐して以降、断続的に聖王国は魔物や魔族と戦っている。ディアスを始めとした歴戦の戦士が加わっていることで対処はできているが、少しずつリソースが削られているのも事実。
ヘレンは王族としての特権を利用し、可能な限り情報収集をしている。現在、下手をすると魔王が存命だった頃よりも人間界で魔物が多く出現しているような状況にある。ダンジョンの影響は少なくなったが、魔物がアクティブになっているようだ。
由々しき事態なのは間違いなく、このまま延々と魔物が出現し続ければいずれ聖王国自体が疲弊する。
「反魔王同盟が相手であるとしても、さすがに相手だって絶え間なく聖王国へ攻撃をし続けるだけの資源があるのかどうか……?」
そう疑問を口にしたが、彼らは人間と手を組んでいる。そこから考えると、様々な準備をしていたのは間違いなく、ならばこの攻撃が聖王国を蝕むだけの力を持っている可能性は十分ある。
「根本的な解決はやっぱり反魔王同盟を叩くこと……でも肝心の首謀者がわからないんだよね」
なおかつ、ギリュアとの戦いもある。彼を倒せば事件が解決するかもわからない以上、ギリュアのことだけに注力するわけにもいかない。
期限が区切られた話ではないにしろ、悠長に事を進めるわけにもいかないとヘレンは思う。とにかく、事態が今より悪化する前に、可能な限り情報を集め動かなければならない。
「私もエーナみたいに忙殺状態になるかもね」
とはいえ、ヘレンはやる気だった――魔族という脅威はあれど、現在の王になってから治世は穏やかなものだった。ヘレン自身、そうした空気感が好きだったのもある。だからこそ、それを破壊しようとする存在は許さない。
「――ヘレン様」
側近の一人である女性が声を掛けてくる。そこでヘレンは、
「どうしたの?」
「ひとまず、町長の屋敷について……資料は全て押収しました」
「わかった。なら王城へ送って」
「……よろしいのですか?」
確認する側近の騎士。彼女には敵の正体を知らせてあるため、ギリュアに押収した資料を隠滅されないかと危惧しているのだ。
「ええ、問題ない。ここで得た資料……そこから奴が主犯であるという事実を知った。今はそれで十分」
側近の騎士はなおも沈黙するが、言いたいことは理解した様子だった。
「町長の屋敷にあった資料では、証拠としては弱いもの。隠し持っていてもギリュアを追い詰める材料にはできない。なら、手にした資料を怪しまれないように全部渡して、こっちが真実に辿り着いていないと認識させる方がずっといい」
「下手に隠し立てすると、かえって怪しまれてしまうと」
「そういうこと。ギリュアと反魔王同盟が繋がっているなら、相当広域に作戦を進めている。なら、ツーランドの町長以上にボロを出している人や魔族がいてもおかしくはない」
「そうした者を攻撃して証拠を手に入れると……大変そうですね」
「相手が相手だからね。でもまあ、やりがいはありそう」
「そこまで私はポジティブになれませんが……わかりました、ヘレン様のご指示通りに」
一礼した騎士は資料を送る準備をするべく役所へ向かっていく。その姿を見送りつつヘレンは、空を見上げた。
「戦争開始、というわけね。見ていなさいギリュア。絶対あなたを……権力の座から引きずり下ろしてみせるから」
その宣言と共にヘレンは歩き出す――こうしてツーランドにおける大騒動は、幕を閉じたのだった。