光の竜
――もし、この戦いを傍から見ている観客がいたら、歓声を上げるかは微妙なところだ。見た目が派手な攻撃は最初の光弾くらいで、あとは俺が迫りセリーナがそれに反撃するという地味な構図であるためだ。
彼女の方も、杖に貯め込んだ魔力を使ってはいるが、それ以外は基本無詠唱魔法ばかり……確かにそうした技法も彼女の武器ではあるのだが、本質は魔王すら負傷させる超強力な攻撃魔法。俺が接近戦を行っているために発動できていないが、最後の攻防でそれを使うのは明らかだった。
周囲にいる仲間達は無言に徹し、俺達の戦いを見守る……シュウラやニックですら沈黙し、俺達が何をするのか注視している。
派手さはない戦いだったが、それでもシュウラ達は……いや、むしろ派手さがないやりとりだからこそ、思うところがあるのかもしれない。
俺はどうにかセリーナに手傷を負わせた。それで体の方も魔力面についても多少ながらダメージがある。それが戦いの勝敗を分けるものになるのかどうか……意味が無いのであれば、ここまで積み上げた結果が無残にも崩れることになる。
だが、それはそれで構わないか……と、俺は口の端に小さく笑みを浮かべながら考えた。
「……残っている魔力全てを費やして、セリーナへ挑む」
俺はまず宣言した。次いで杖全体に魔力を注ぐ。
「それを防ぐことができたら、セリーナの勝ちだ」
「防ぐつもりはないわ」
俺の言葉に対し、セリーナは決然と答え、そして、
「あなたが次で勝負を決めるのであれば……全力で応じるまで」
セリーナの足下が光った。魔法陣――戦いが始まる前にはなかった。つまり、俺の出方を見て気取られるように刻んだのだろう。
直後、彼女の杖へ魔力が急速に集まっていく。俺はそれを見て、彼女の切り札だと直感した。
セリーナは様々な魔法を扱うわけだが、中でも得意としている魔法がある。それは『光竜召喚』と名付けられた、彼女にとって最強魔法。名の通り胴長の光――竜を模した魔法が放たれ、相手に直撃すると同時に爆散し結界ごと相手を破壊するというもの。
実際に竜を召喚しているわけではないのだが、魔力を限界まで凝縮した光は、あの魔王でさえも怯ませるほどの威力となった。例え高位魔族であっても半身を持っていくほどの威力……それを彼女は放とうとしている。
「……本気ですか」
シュウラも理解し、小さくこぼしたのを聞いた。見れば、彼の首筋に汗が流れている。横にいるニックもまた、見たことがあるためか目を見開いて本当にやるのかと驚いた様子。
それはエーナも同様であり、さすがにこれはまずいのではと――止めるべきなのではと目を泳がせていた。
「――勝負だ、セリーナ」
だが俺は宣言した。セリーナはそれに対し笑みを浮かべ――杖の切っ先を俺へと向けた。
直後、彼女の姿が見えなくなる。魔力によって生み出された光が、彼女を覆い隠した。それは例えるなら白い光の扉。それを見た魔族はただならぬ気配を感じ、セリーナを凝視しながら防御に転じ……その全てを彼女は粉砕した。
セリーナが今まさに放とうとしている光の竜は、そうした高位魔族へ撃つのと遜色ない威力を持たせている――切り札である以上、詠唱を始めとして色々と準備がいるはずだ。けれど今回はそれがない……というより、手の内を知っている俺に対しどうにか魔法を発動させるため、戦いの中で準備をしていたというわけだ。
足下に魔法陣を刻み、さらに宝杖を用いて魔力を高める……それだけではない。おそらくここにはセリーナの技術がある。魔王との戦いにおいても長い詠唱が必要だったはずの魔法を、必要最小限の動作や魔法陣構築だけで放てるように鍛錬し、技術を磨いたのだ。魔王との戦いからさほど経過していないはずだし、何より彼女には戦士団副団長としての仕事がある。けれど彼女は魔王との戦いで反省し、さらに技術に磨きを掛けた。
もしこの魔法を無詠唱で発動されたら俺に勝ち目はなかっただろう……けれど、事前準備が必要だったため、俺は多少なりとも彼女に手傷を負わせることができた。あとはそれが実を結ぶことを信じ……突撃するだけだ!
刹那、俺は決戦術式の魔力を一気に開放した。途端、全身を覆うように魔力がまとわりつく。それと共に杖を握る腕に力が入る。
決戦術式における最終段階――とはいえ、俺の魔力量からすれば数分ともたないもの。魔王との戦いでも限界だと感じて最後の最後に使用した、正真正銘最後の技。これを使って俺はとうとう限界を迎え、そこで仲間達が立て直して虎口を脱した。
セリーナの真正面にある光が揺らいだ。それはまるで、白い光の扉からこの場所へ竜が向かってくるような――俺は走る。セリーナがいる場所まで距離はさほどない。だが、真正面に光の扉がある。
俺が彼女へ肉薄するより前に、とうとう光が竜となって姿を現し――俺へと襲い掛かってきた――




