魔法というもの
今度は俺が先手を取る形であり、セリーナは走る俺に対しすぐさま杖をかざした。先端に魔力を集め始めるが形にはしない。これはおそらく、俺の魔法を見極めてからどのような魔法を使うのか決めるということだろう。
――魔法というのは本来、魔力の収束に始まり詠唱行為。そして魔力の放出という三つの段階から成り立っている。ただ本当に必要なのは収束と放出であり、詠唱は魔法の威力を高めるために行われるもの……詠唱をすることによって体の中にある魔力を大きく引き出すための準備をする。
だからこそ無詠唱魔法という概念がある。とはいえよほど熟練した魔法でなければ詠唱なしと威力を同じにすることはできない……基本魔法は詠唱が必要であるため後衛向けの攻撃であり、接近戦をする場合は俺のように強化魔法を用いるか戦士にやってもらう。
先ほどの攻防で俺もセリーナも無詠唱魔法であったが、セリーナの方は杖に魔力を貯め込むことで魔力の収束段階を無視することになった。俺の方は無詠唱魔法であり本来の威力と比べれば低いが、その欠点を強化魔法で補っているわけだ。
けれどセリーナは仕込んだ魔力を費やした以上、今度は威力の低い無詠唱魔法か、通常の魔法を使うか選択に迫られる……そうした中で俺は間合いを詰める。魔術師同士の戦いとは思えないような光景。ただ周囲にいる仲間達は驚くことなく固唾を飲んで見守っている。
杖を振りかぶり、放つ。それにセリーナはギリギリまで待つ構えなのかまだ先端の魔力を形にしない。とことん手の内がわかるまで待つつもりのようだが……俺は構わず杖を一閃する。
セリーナはこちらの攻撃が届く寸前に魔法を発動させた。先ほどと同じように風の塊……とはいえ、さすがにさっきのような威力はない。ただ俺の攻撃を防ぐのには十分であり、こちらの杖が、止まる。
とはいえ、俺としては望んだ形。先ほどと同様に風には魔力が込められている。物理的に押し留めるだけでなく、杖先から放たれるであろう魔法を防ぐために魔力がある……わけだが、ここだと俺は判断し内に秘める魔力をわずかに放出した。
来る、とセリーナは直感したことだろう。だが例え雷撃であっても問題はないと思ったかもしれないが――刹那、生じたのは俺の杖が風吹き飛ばしながらセリーナへ迫る光景。さすがにこれは、彼女にとっても予想外だったらしい。
「くっ……!?」
驚きながら風をまとわせた杖で受けた。だがそれで止まることはなく、俺は杖を振りきる。剣ではない以上、セリーナの体へ当たっても大したダメージにはならない。だが俺の杖にもまた魔力が込められている。それがセリーナの間近まで迫ると……炸裂した。
彼女の結界を突き破れるのかが最大の課題だったが、俺の作戦は――成功した。反射的に顔や急所を守るべくセリーナは腕で防ぎながら強引に後退する。俺ほどではないが魔法で身体能力を強化しているためか、一気に距離を置いて俺は追撃できなかった。
けれど、十分……腕や腰辺りに攻撃が当たったことにより結界が壊れていた。衣服などに外傷はないが、肉体的にはダメージがしっかりあったようで、痛みを堪えるような厳しい表情をセリーナは向けてきた。
「……そういう、ことね」
「これで状況はイーブンか?」
「どうかしら」
俺の問い掛けに対しセリーナは笑みを浮かべる。こちらの手の内を理解したか、杖を構え直しながら次の策を検討し始めた様子。
……俺の先ほどやったことは、光弾をいなしたのと同じような手法だ。というのも俺の決戦術式は、相手の攻撃を防ぐのではなく避ける、もしくは受け流すことに特化した能力となっている。
杖先に解析魔法を施して迫る攻撃に対しどういう効果があるのかを瞬時に判断。そして理想的な対処を行う……魔王の攻撃を一発でももらったら終わりだという考えの下、ならば攻撃を食らわなければいいという結論に達して決戦術式は完成した。これはその結果である。
先ほどの攻防については、俺の攻撃を防いだセリーナの風を利用。追い風として逆に利用するという形をとった。単に受け流すだけでなく、相手が放つ攻撃を利用することもできる……魔王の苛烈な攻撃を防いだ一端が間違いなくこれだ。
この魔法の利点は、それほど魔力量を必要としない点にある。無茶苦茶な攻撃に対しても受け流すだけならそれほど魔力を必要としない。光弾を打ち返すとかならかなりの魔力が必要になるけど、流れを操作するだけなら相手の魔法や軌道を利用するため、技法そのものに対する魔力は必要ない。
セリーナは光弾を受け流す光景を見ていたはずだが、さすがに風にまとわせた魔力まで利用できるとは思わなかっただろう……よって、手傷を負わせることができた。
とはいえ、これで手の内の一つは見せた。次はセリーナも対策してくるだろう……この技法最大の欠点は、分析を少しでも見誤れば即終了ということ。博打のような魔法だが、まずは勝った……そう考えつつ、俺は杖を構え直した。