痛み分け
粉塵が舞い上がり、光弾を受けた衝撃が全身をわずかに痺れさせる……が、幸いながらダメージはほとんどなし。杖を通して腕全体に鈍い痛みが少しだけ生まれたが、戦闘で気になるレベルではない。
視界が効きにくい状況ではあったが、俺はセリーナがどこにいるのかを魔力で探る。彼女は立ち位置をほとんど変えることなく佇んでいる。土煙に乗じて攻撃を仕掛けてもおかしくはないが、動かない。
そして彼女が握る宝杖……そこに存在する魔力は戦う前と比べ極めて少なくなっている。最初の攻防……それに貯め込んだ魔力をほぼ費やしたと見ていいだろう。
俺の攻撃は不発に終わり、一方でセリーナは……やがて土煙が晴れる。見えたセリーナの表情は、多少なりとも苦々しかった。
「まさか、防ぎきるとはね」
「そういうセリーナも、完璧な防御だったな」
「接近してどういう魔法を使うのかは想定していたからね」
――先ほど、俺の雷撃魔法がセリーナから逸れるように折れ曲がった。その要因は、彼女が行使していた風魔法である。
あの風は俺を物理的に押し留めるだけの役割ではなかった。風の塊でありながら魔力を帯びていた風は、俺の魔法攻撃すらも押しのけたのだ。
「風によって雷撃を逸らすとは思いもしなかった」
「魔法も使いようってことよ。物理的な風とは違う……魔力を含んだ風は、物理的な法則を無視した効果を発揮する」
こういうところが『全能の魔術師』っぽいな。多種多様な魔法を分析したことで、思いも寄らない戦法を用いる……してやられたのは間違いなく、時間制限のある決戦術式の限界が確実に近づいた。ここからの攻防でどれだけ攻撃チャンスを作れるか。
とはいえ、セリーナの方も余裕があるとは言えそうにない。実際、宝杖に秘められた魔力は底をついており、彼女も一定の成果を上げたかったはずだが……結果的に俺のダメージはほとんどなしだ。
「最初の攻防は痛み分けって感じか?」
「ええ、そうね……むしろ作戦としては私の方が勝っていた。なのに、大して傷を負わせることはできなかった」
セリーナは息をつく。彼女としてはこちらの攻撃を読み切ったのは良かったが、望んだ展開とはならなかった。
俺としては最重要だと考えた初撃をどうにかしのいだため、ようやくスタートラインに立ったと言えるかもしれない……ただし、こちらもそれなりに魔力を消費してしまっている。
俺としても最初の攻防でセリーナにある程度ダメージを与えることができれば……という考えでいたため、まさかの方法で回避されてしまい驚いている。なおかつ、この失敗がどこまで響いてくるか。
リソースはある程度消費させたにしろ、セリーナは無傷。この状況下で、どこまで戦えるのか……不安ではあるが、向こうは本気なのだ。やるしかない。
「……セリーナとしては、俺の魔法をどう考えている?」
ここで俺は彼女へ向け問い掛ける。
「魔王に挑んだ強化魔法……大層箔がついた魔法ではあるが、それが単なる強化に留まっていると思うか?」
「心理戦のつもり?」
彼女が問い掛ける。
「どんな効果があるのか、推測はしているけれどそれが完璧に正解しているとは思わない。もちろん、警戒しているわよ」
「そうか……なら、俺にもまだ勝機はあるわけだな」
その言葉に引っかかりを覚えたか眉をひそめるセリーナ。
心理的に揺さぶるという意味もあったが……実際のところ、単純な強化魔法でないのも事実。俺が魔王と何故向かい合うことができたのか。それを紐解けばどういう魔法なのか推察できる可能性もゼロではないが――
ひとまず呼吸を整える。強化以外の手があると思わせ、警戒させることでセリーナの動きを鈍らせる……目論見通りにいくかはわからないが、極限状態における決闘だ。何が作用して勝利を呼び込むかわからない。やれることはやっておいた方がいいだろう。
現在、魔法そのものは維持できているが、決戦術式の消費魔力を考えると、全力で戦えるのは三度くらいだろうか……時間にして五分程度だろう。
一度目の攻撃は失敗した。次、多少なりともダメージを与えなければ、実質俺の負けだろう。
なおかつ、セリーナは警戒を強くして攻撃してくる気配はない。明らかにこちらの出方を窺っている。先手は譲るという形か。やはり先ほどの言葉が効いているのか。
――もし、先手を取られ続ければ俺の勝ちがさらに遠くなっていたところだ。どうにかギリギリの状況で踏みとどまっている……セリーナとしては余裕があるように見えているかもしれないが、実際はあと一歩下がれば崖、というような状況だ。
まあ何にせよやるしかない。とはいえ生半可な攻撃ではセリーナの防御は崩せない。多少なりとも強引に攻め立てる必要がある。
であれば俺は……早速魔王に対抗するために作り上げた機能を使うことになりそうだ。
必ず、成功させなければならない……そういう考えの下、俺はセリーナへ向け走り始めた。