接近戦
前に出る、という選択肢に対しセリーナは目を鋭くして反応。とはいえ驚愕のような表情ではない。想定していた、ということだろう。
だが俺は走るのをやめなかった。その間にも光弾が接近してくる。前に出れば当然リスクはあるが……いける!
俺は杖先に込めた魔力によって、真正面から来る光弾に触れた。途端、重い感触と少しでも押し返そうとすれば破裂しそうな矛盾した感覚を抱く。
そこで俺はほんの少し力を入れながら光弾の軌道を逸らすように杖を動かした。それはまさしく必要最小限――だが、この試みは成功した。
杖により光弾は爆発することはなく俺の横を通り過ぎた。直後、さらに別の光弾が迫ろうとする。なおかつ、横からは別の光弾が。
俺はまず前から迫る光弾を先ほどと同じように杖を使って逸らし、横から迫ってくる光弾へ向けて軌道を変化させた。それによって光弾同士が激突し――轟音と途轍もない衝撃が、全身を襲った。
近距離で爆発したため、普通であればダメージは避けられない……そう、普通であれば。けれど今の俺は魔王へ挑んだ術式を構築し、使っている。それによって体全体を覆う結界も頑強であり――なおかつ、衝撃波によって俺の体は一気に加速した。
「っ……!?」
そんな俺の挙動は、セリーナの予想外だったらしい。さすがに光弾の衝撃を利用して加速するとは考えなかったようだ。
間合いを一気に詰めて接近戦に持ち込めば、多少なりとも勝機になり得る……そう判断した俺は多少強引ではあったが突っ込んだ。セリーナの姿が近づき、相手は杖をかざし防御の構えを見せる。
その直後、先ほど彼女が放った光弾が後方で爆発した。まだ複数光弾は残っていたわけだが、その全てが結界に着弾したらしい。
まだセリーナは動かない――俺は杖に魔力を込め攻撃準備をする。足を前に出してから数秒ほどの出来事。場合によってはこの攻防で決着がつくかもしれない……そんな考えが頭をよぎった時、彼女が動いた。
セリーナが握る杖の先端に、魔力が宿る。だが俺が接近する方が早い。魔法を放つにしても時間が足らない……そんな風に考えたが、甘かった。
刹那、宝杖の先端が光り輝いた。それと共に放たれようとしていたのは先ほどの光弾とは違う――決戦術式によって鋭敏化した感覚で推定する。周囲の空気が乱れている。風に属する魔法だ。
セリーナが放とうとしているのは風の塊。おそらく俺が接近戦を仕掛けることを読んだ上で近寄られた際に準備していた魔法だろう。物理的に押し留めることができれば、間違いなくセリーナの有利に働く。
俺は杖による直接攻撃を目論んでいたが、風魔法であるのを見て……すぐさま方針を切り替えた。何かしら対策を施しているという可能性は想定していた。よって、魔法攻撃を仕掛ける。
俺が使ったのは雷撃系の魔法。とはいえいつも使っているものとは違う。杖から解き放たれるそれは、限界まで習得した言わば雷の槍。それがゼロ距離で直撃すれば――
だが、俺の魔法でセリーナにどれだけダメージを与えられるのか。彼女の表層に存在する結界に阻まれれば大きな好機を逃したことになる……この戦いがどれだけ続くのかはわからないが、少ない攻撃の機会を失えば著しく不利になることは間違いなく――だからこそ、ここで決める!
そう気合いと共に俺は魔法を放った。無詠唱魔法ではあるため、詠唱を重ねた魔法と比べれば威力は劣る。だが決戦術式を用いたことにより、十分な打撃を与えるだけの攻撃力は備わっているはずだ。
果たして――雷撃がセリーナへ向け進んでいく……その矢先だった。杖から迸る雷撃が突如、軌道を変えた。
「っ……!?」
今度は俺が驚愕する番だった。大気を切り裂く光の槍が、何の前触れもなくセリーナを避けるように折れ曲がる……数瞬、遅れて何が起きたのかを察する。それと同時に俺は足を止め後方へ下がるべく動こうとした。
だがそこへ、セリーナの杖が輝いて――光弾が生み出された。俺は杖に蓄えられた魔力がどれほどなのかはわからない。だが、セリーナの顔を見て直感した。ここまでは彼女の作戦だ。
俺の術式は接近戦が相当強くなると考え、威力のある魔法を照射すれば接近してくると読んでいた。そこで俺が近距離で魔法を放とうとしたらそれを防御し、反撃に転じる……光弾があと何発あるのか断定することはできなかったが、今この時において、俺は確信した。光弾は今から放たれようとしているのが最後の一発。宝杖に貯め込んだ魔力を全て費やして、俺を接近させて仕留めようという腹づもりだったのだ。
その作戦は目論見通りとなり、光弾が俺へ向け放たれた。避ける余裕はまったくない。それに対し俺は――杖をかざし、受けた。
刹那、轟音と閃光が周囲を包み込んだ。