二つの戦い
――そうして、何事もなく決闘の日を迎えた。支度を済ませてミリアやアルザと共に宿屋を出ると、出迎えとしてエーナとノナがいた。
「おはよ」
「おはよう」
挨拶するエーナに俺は応じつつ、
「シュウラ達は?」
「先に行っているんじゃない?」
「そうか……ま、別に気に掛ける必要はないか」
「なんだか言い方がヒドイ……」
「だってシュウラとニックは完全に遊び感覚で来ているからな」
「それはそうだけど……まあいいや。で、準備は万全?」
「やれることはやった。後はどれだけ戦えるか」
「なんだか自信なさそうな感じだね」
エーナの指摘に俺は苦笑する。
「最初がとにかく重要だ」
「最初?」
「そう、最初。習得している魔法などの関係から、先手は十中八九セリーナだ。それに対し俺は受けきる準備をしてきたけど……その時点であっさりと終わる可能性は否定できない」
――共に戦ってきたからこそ、手の内は理解できている。セリーナがやろうとしていることに加え、動きを見て何をするのかもおおよそわかるし、直感的に動くことはできるはずだ。
最大の問題は例え動けてもどうしようもないパターン……来るとわかっていても、避けられない攻撃というやつだ。
魔法の威力については根本的に違いすぎるため、強化魔法を最大出力で使っても受けられるかどうかわからない……決戦術式がどの程度通用するのか。それで決まると言っても過言ではない。
「あっけなく勝負が決まったら笑ってやってくれ」
「……そんなあっさりといくかな?」
「俺が使う強化魔法なら……と思うところかもしれないが、正直そこまで万能なものじゃない。確かに俺はその魔法を使って魔王と戦ったわけだが、重要なのは魔王が仕組みを知らなかったこと。もし構造がわかっていたらあっさりと俺は負けていただろう」
「強化魔法の仕組み……」
「そうだ。セリーナは戦いの中で俺の魔法を分析しようとするはずだ。元々、決戦術式は長い時間もつものじゃないし、解析されようが術式が切れる方が早い……そして魔法が終われば俺は死ぬ。つまり、分析なんてものが実質意味を成さない構造のはずなんだが」
「……なんだが?」
「セリーナはおそらく、俺の切り札についてどういうものなのか推測しているはずだ。真正面から戦う気でいる以上、強化魔法の構造を把握して術式を強制解除する……なんて方法はとらないにしても、その構造などを理解し、限界強度などを推測していたら……初撃の魔法で俺の強化は突き破られて終わる」
俺の言葉に対しミリアやアルザ……そしてエーナ達も押し黙る。
「推測がなくても、セリーナなら戦いの中で構造を把握するだろう。俺の術式がもつのは長くて五分……それよりも前に今のセリーナなら、突破する術を編み出す可能性がある」
「……ずいぶんと、信頼しているのね」
そんな言葉はミリアの口から発せられた。
「彼女に信頼を置いているからこその言動だけれど」
「一緒に戦ってきたからな。セリーナのやり口は、団長であるロイドよりも知っている……正直、一番戦いたくない相手だ。何せ、戦った相手の魔法を瞬時に丸裸にしてしまうんだからな」
――セリーナの異名である『全能の魔術師』は、単にあらゆる魔法が使えるだけの話ではない。むしろ分析能力……そちらの方が真骨頂とも言える。
彼女の年齢でなぜ全能などという呼称すら使われるのか……それは彼女がひとえに相対する敵の魔法を即座に分析し、自分のものにしてしまうことにある。魔族の魔法なんかについてはさすがに扱うには至らないが、その特性などを把握して戦況を有利に進めることは多々あった。
魔王との戦いでもそれは発揮された……はずなのだが、やはりそこは魔王と言うべきか。彼女が解析しても、止められるような攻撃ではなかった、という感じだった。
もっとも彼女は分析により得られた数多の魔法によって戦線を維持し、魔王撃破に貢献したわけだが……俺の魔法は短時間だが魔王にも対抗できるものであったが、それは魔王に手法を悟られなかったがため。さすがに手の内がバレていたら、たった一人で魔王を食い止めることなどできはしなかった。
「……決闘ではあるが、そこには二つの戦いがある」
俺はやがてミリア達へ告げる。
「一つは単純に実力による勝負。そしてもう一つが……自分達が培ってきた魔法技術の戦い。どちらがより上の力と技術を持っているのか……それによって、勝負が決まる」
「魔法技術の比重が大きそうね」
「俺はそうだと思っている……ま、そもそも力も技術もセリーナの方が上だ。俺が唯一上回っていることがあるとすれば、強化魔法を使い続けたことによる経験の蓄積だけ。さすがにいくら全能とはいえ、セリーナは強化魔法をメインに使っていたわけじゃないからな」
そこまで語った後、俺は仲間達へ告げた。
「喋りすぎたな。あとは、決闘の時に答え合わせをしようじゃないか――」