幕間:直感
「というわけで、よろしくお願いするね」
決闘の準備中、突如エーナとノナが現れ観戦するという旨を告げられた。セリーナは半ば呆れつつそれを認め、エーナは先ほどの言葉を残しノナと共に去って行った。
「……ずいぶんと大事になったわね」
やれやれといった様子でセリーナは呟く。エーナ達が来る前にはシュウラとニックがここを訪れ、観戦すると表明した。あの調子だとディアスの所にも言っているだろう。まあ他ならぬ彼が拒否するとは思えず、むしろ「セリーナの方がよければ」と言い出すに違いないとセリーナは思っていたし、実際にその通りだろう。
「観客は必要なかったのだけれど……」
決して、他者に見せるようなつもりではなかった。自分が納得できればいいというだけのものであり、だからこそこの町にはたった一人でやってきた。
にも関わらず、見届ける人間が現れた――ついでに言えば、その多くが『六大英傑』に入る人物であり、なおかつ戦友だ。
どういう因果なのか、と考えてはみたがエーナ達は決闘があるからと訪れたわけではないし、シュウラはセリーナの動向を知った上でここに来ている。因果などという言葉を使う必要性もないか、などと思い直す。
「……よし」
やがてセリーナは声を上げる。準備は全て終えた。後は決闘まで体を休めるだけ。
――正直、過剰ではと思うくらいの準備だった。様々な道具を用いて早急に準備ができた魔王との戦いを除けば、今まででもっとも入念な作業だった。そこまで気合いを入れるのかと自分でも驚くくらいだったのだが、
「……因縁の相手だから当然か」
とはいえ、とセリーナは思い返す。確かにここへは因縁という言葉を理由にやってきた。最初はディアスへ語った通り、戦士団から追い出せば全てが終わると思っていた。
けれど、そうではないと認識し今に至っている。こればかりはセリーナ自身も見立てが甘かったと反省している――ディアスの方は因縁で追い出されてたまったものではなかったはずなのだが、
「ディアスがああだからシリアスさがないのよね……」
追い出されるのは仕方がないとして、心機一転旅をし始めるなどという展開は、セリーナも予想していなかった。ただ結果として、旅の最中に魔族などとも関わり、大きな戦いにも参加している。もしかすると戦士団に所属していた時よりもアクティブかつ、積極的に関わっているように思える。
本人から言わせれば「偶然」とのことらしいが、それはそれでどれだけ悪運が強いのかという話になるわけだが、
「……多少なりとも、直感しているのかしらね」
セリーナはそんな風に考察した――本人は気付いていないようだが、ディアスは稀に勘が働いて虎口を脱したり大きな仕事を持ってくるようなことがあった。一見すると情報が何も無い状態であるため、第六感的な何かがあったのではと考えるところだが、セリーナの見立ては違う。
彼の主力魔法は強化。それによりディアスは常に強化魔法を行使している。常日頃そうした魔法を維持していることから、常人では感じることのできない空気感や異変などを察知できるのではないか、とセリーナは考えている。
彼は退魔の能力を所持しているわけではないが、魔族や魔物と戦い続けたことによって、本能的にそういう存在が関わる騒動などを、遠距離でも察知できるような感覚を身につけている。そう解釈する方が妥当だろう。
「ディアスに言っておくべきかしら」
などと思ったが、伝えてもあまり意味はないと悟る。話そうとも話さないようにしようとも、彼は本能的に何かを察して騒動に関わる――関わってしまうだろう。むしろ喋ったことにより気にしてしまい、ストレスを溜め込むのも悪い気がする。
戦士団ならその能力を遺憾なく発揮できただろうし、実際セリーナもディアスに気付かれないようそうした能力を使って仕事をしたこともある。ただ自分探しなどというものに対しては無用の長物だ。
「……ま、ディアスはともかくとして仲間には言っておいた方がいいかもしれないか」
こういう能力を持っている、ということを伝えれば今後どうするかは考えるだろう。話したことによって彼らの旅路に問題が出る可能性もあるが、むしろ何も話さない状態で後々何かあったら寝覚めが悪い。
「作業も終わったし、ディアスの仲間に話をしてみましょうか」
次に何をするかは決定し、セリーナは歩き出す。決闘の場から離れ町まで戻ってくると、騒動が終結して活気溢れる呼びかけの声が大通りに響いていた。
「――あれ、終わったの?」
ふいに声を掛けられた。見れば、ヘレンが横に立っていた。
「作業は一段落? それとも完成?」
「完成した。あとは決闘だけ」
「そう……これから食事でもと思ったんだけど、一緒にどう?」
「構わないけど……」
その時、ヘレンの後方からディアスの仲間であるミリアとアルザがやってきた。
「……二人とはどうしたの?」
「一緒に仕事をした仲だし、親睦を深めようかと」
――丁度良い、とセリーナは思い、
「なら私も付き合う」
「お、そう? なら女性で集まってランチでも食べよう」
ヘレンは陽気に告げて歩き出し、セリーナは彼女の後を追い始めた。