色に染まる
俺の指示によってミリア達が買い物をして、そこから決闘のための準備を開始した……まあ、正直準備というレベルかと言われると微妙ではあるが。
俺がやっていることは、魔王にも使った決戦術式……それを少しでも維持するための補強といったものだ。ミリア達に頼んだ物品は魔力を増幅させる効果のある道具であり、これで多少ながら魔法の効果時間を長くできる。
ただし、ちゃんと効果が発揮するかもわからない……魔王との決戦の際は王宮からの支援物資などで上手く効果を発揮したが、自前でやって上手くいくかどうか。
それに、問題点もある。無理矢理効果時間を延ばすことは不可能ではないが、以前医者に診てもらって最悪体に深刻なダメージが出ると言われた……かなり強引な術式であるのは間違いないし、そんなことをしてセリーナとの決戦でもつかどうか。
「ただ、彼女の本気に対処できるのはこのくらいしかないからな……」
――正直、セリーナが俺のことをどう考えているのかはわからない。最初の出会い自体は最悪に近い状況だったし、因縁があるというのは事実だが、それでも同じ戦士団に所属して貢献してきた。彼女は副団長として盛り立て、俺の方は必死で仲間の支援をした……貢献度はセリーナの方が上だろうけど、俺の方は戦士団を抜けた後でその影響力が明瞭となった。セリーナとしては苛立ったことだろう。
因縁……それが理由だと彼女は語ったわけだし、大きな動機なのだろうとは思う。ただ、それを晴らすのであれば俺のことを脱退させる前にやっていてもおかしくはなかった。魔王との戦いの後、決着をつけるために……というやり方だってあり得た。でも彼女はそれをせず、俺のことを半ば追い出す形となった。
最初、自分の力を誇示するために決闘をやるというのかと考えたが、そうであれば同行者がいないのはおかしい。よって、俺を倒して「ディアスは戦士団に必要ない存在だった」とか、理由付けに使うということはない……まあ、そんなことをしたら逆効果か。
ではなぜ今になってセリーナは俺に決闘を持ちかけたのか……色々と作業をしている内に夜を迎えた。酒場にでも赴いて食事をしようと思い、俺は宿を出た。
宿の中に存在する酒場でも食事はとれるのだが、滞在してから少しして一人で食べる場合は同じ店を選んでいた。酒場ではあるのだが、個人的に味付けが好みだったのだ。アルザ達はどうやら別所で夕食をとっているようなので、今日は俺一人だけで酒場を訪れた。
で、すぐに見つけた……ワイワイと騒いでいる冒険者達の中で、淡々と食事をするセリーナの姿が。
「あー……」
背を向けているが俺が入店したことはすぐに察しただろう。一歩足を踏み出すとセリーナはおもむろに振り向いた。
「今から食事?」
「ああ」
「そっちも準備を?」
「まあな……俺の手の内はわかっているだろ? セリーナが考えている内容で正解だと思うぞ」
そう言いながら俺はセリーナの対面に座った。
「そっちの進捗は?」
「予想通り三日はかかりそう」
「そっか。ただ準備に勤しんで満足に戦えませんでしたとかは勘弁してくれよ」
「しないわよ、そんなこと」
会話をする間に店員が来た。俺は注文を行ってから、改めて話し出す。
「この店を選んだ理由は?」
「たまたま宿の近くだったから。味は悪くないわね」
そう言いながらセリーナはクスリと笑う。
「王宮と仕事をするようになってから高級なお店とかにも入るようになったけれど、私はこういう店の方が性に合っているわ」
「成り上がるために冒険者稼業をやっていたけど、いつしか冒険者の色に染まっていたというわけか」
「ええ、そうね。まさしく」
「……今も家を再興させることが目的でいいんだよな?」
「そこは変わらない」
「食事中で不快に感じるかもしれないが、はっきりさせたいことがある。いいか?」
「予想がつく。なぜ今、私がたった一人ツーランドを訪れて決闘を申し込んだか、でしょ?」
俺は素直に頷いた――聡明なセリーナのことだ。俺がこんな疑問を抱えているのは百も承知というわけだ。
「そうね……考えが変わったというべきかしら」
「考え?」
「あえてこういう言葉を使わせてもらうけれど……ディアスを追い出したのは、それで全てを決別しようと思ったから。それで全てが終わると思ったから、私はあなたに脱退を勧めた」
「決闘する必要はなかったと」
「そうね。因縁があったのは事実。けれど、魔王を倒して満足する自分がいた……師匠の因縁に付き合う必要はないだろうと。私は一人ではないにしろ、魔王を打倒できる力を得たのだと」
強さの証明において、これほどわかりやすいものはない……セリーナも魔王討伐という称号を得たのであればいいだろうと考えた。
「けれど、あなたが抜けて戦士団は混乱して脱退者が続出して……まあ、この辺りについては自業自得かもしれないけれど」
「戦士団の今後を考えたら、古参の俺がいるのも面倒だったかもしれない」
――そうした言葉に対し、セリーナは少し驚いた様子を見せた。