最後の障害
ヘレンと打ち合わせを済ませた俺は、彼女と別れ宿へ戻った。部屋に入ろうと歩いていると、声を掛けてくる人物が。宿屋の主人だ。
「すみません、突然」
「どうしましたか?」
「ギルドの方が呼んでいるのですが」
冒険者ギルドが? 宿のことは伝えているし、滞在期間が長いことで宿屋の主人も俺の顔を憶えた結果、こうして話し掛けてきたみたいだけど……どういう意図なのだろうと疑問を抱いたが、まあ行ってみればいいかと考え、
「わかりました。ありがとうございます」
主人は去って行く。それと共に俺は考える……情報はエーナに逐一伝えている。もしかしたら何か手紙で情報をくれるのかもしれない。
その足で再び宿を出て冒険者ギルドへ向かう。宿からそう遠くないので、あっという間に辿り着いたのだが、
「――え」
その前に待っていたのは、予想外の人物だった。俺は思わず立ち止まり、相手は俺へ気づき近づいてきた。その間にも俺は相手を凝視し、その動きを観察する。
やがて真正面に立った時、俺は相手に名を告げた。
「……セリーナ」
「久しぶりね、ディアス」
そこにいたのは、戦士団副団長として活動する時と何ら物腰の変わらない、英傑がいた。
どういうことなのかと尋ねたい衝動に駆られたが、まずは落ち着いて話し合う場所をということで、彼女はカフェを指定した。先ほど酒場で軽食でもつまんでいたし俺は注文せず彼女だけがコーヒーなどを注文した。
「何も食べないの?」
「さっきヘレンと打ち合わせたした時に飲み食いしたからな」
「そういえば彼女もここにいたのよね……組んで活動しているわけか」
淡々とした口調でセリーナは俺へ応じる。
「町の騒動は解決したようね」
「ああ、どうにかな……ここへ来たのはセリーナだけか?」
「ええ。他の団員は団長を含めて同行者はいない。ここには個人的な理由で来たから」
「俺に会うために?」
「ええ」
こちらの質問を全て的確に答えていく。そして俺に用があるということは、
「目的を聞いてもいいか?」
「この辺りで決着をつけておこうと思って」
ずいぶんとあっさり答えるな……因縁、というやつか。
「ディアスはどこまで知っているかわからないけど、元々『暁の扉』に入ろうとしたのだって理由がある」
「……関係性は、戦士団に入る前からあったということか」
初耳ではあるが、なんとなく推測できる。彼女と俺は同郷でも何でもない。となると、
「魔法の師匠同士の関連か?」
「正解」
「セリーナの師匠は既に故人じゃなかったか?」
「だとしても、私は目的を果たさなければ……あの人に強くしてもらった恩を返さないといけない」
……なるほど、な。その義理堅さに呆れるほどではあるが、理解できないわけではない。
きっと戦士団に入った当初、俺と戦うことも想定したことだったのだろう。そして主導権を握ることに失敗したと悔いていた点……あれは俺に負けたことも関係していたのだろう。
「もちろん、勝負を受けないという選択もある」
考えている間に、セリーナは俺へ向けそう語った。
「無理強いをするつもりはない」
「……返事をする前に一つ確認がしたい」
「何?」
「俺との決着をつけることで……セリーナはどうするんだ?」
問い掛けに彼女は沈黙した。やや抽象的な物言いではあったが、俺の真意は汲み取った様子。
「……私は、戦士団を強くして国とやりとりできるまでにした」
「ああ」
「加えて魔王を倒した……もちろん私一人の偉業じゃない。戦士団に加えて騎士達……他の英傑達が戦ってのこと。その結果、私はようやく宮廷へ入れるだけの可能性を手に入れた」
その言葉と共に、彼女は俺を真っ直ぐ見据えた。
「でも、私にはまだ心残りがある……それを放置したまま突き進むことが、どうしてもできなかった」
「わずかな心の引っかかりも許せなかったと」
「ええ。人に言わせれば、私は師匠に縛られている……ディアスとの決着に固執している姿は、そういう風に映ると思う。でも、だとしても……私は、戦わなければならない」
彼女にとって前に進む最後の障害……というわけだ。
「ただ、私は当面宮廷には入れそうにないけど」
「どうしてだ?」
「反魔王同盟……魔族が色々と人間界で悪さをしている。それを止めるために手を貸してくれとクラウスに言われた」
「英傑として戦力が欲しいと」
「私としてもさらに実力を示す機会だし悪くないと思う」
――その時、俺はあることに気付いた。よって少し思案して、
「……勝負するのは構わない。ただ、一つだけ条件がある」
「条件?」
「勝敗については、どちらが勝っても文句はなしでいいな?」
「ええ、構わない」
セリーナの顔つきは、例え負けたとしても先へ進むという意思があった。
「ならもう一つ。負けた側は、勝った方の言うことを一つだけ聞く、ということでどうだ?」
「……思わぬ提案ね」
「俺としてもセリーナに要望がある。でも、普通に言ったって聞いてくれそうにないからな」
その言葉にセリーナは反応を示さなかった。
「俺としても、決闘に対しメリットが欲しいというだけさ。ああ、心配はいらない。無茶な頼み事はしないつもりだし」
「……ええ、わかった」
何をするつもりなのかと疑問を抱いた様子ではあったが、セリーナは俺の言葉に同意したのだった。