元英傑と現英傑
一通り用事を済ませた後、俺は再度宿屋へ戻る。仲間達の姿はなく、何をしているのかは大方予想できた。
「様子を見に行くか……」
町中で聞き込みをしているという可能性もあったが、仲間達が宿屋を出てそれなりに時間が経過している。なら考えられるのは――
俺は大通りを歩いて一度町の外へ出た。そして方角的には南へ進む。
基本は起伏の無い街道であるのだが、少し横に逸れるとやや大きめの森がある。そこへは冒険者ギルドの地図で位置を確認しているので、問題なく進むことができる。
果たして――森に入った直後、キンキンと金属音が聞こえてきた。やはりな、と内心で呟きつつ進んでいると、森の一角に開けたスペースがあって、そこに辿り着いた。
で、その場にいたのはミリアとアルザ……そしてヘレン。
「あれ?」
最初に気付いたのはヘレン。視線をこちらへ向けてきて、
「ディアス? よくここがわかったね」
「人気の無い場所は町の近くにあるのか確認したら、ここしかなかったからな」
「さすが七人目の英傑。私のことはお見通しか」
「このくらいは予想できるって……」
俺は小さく肩をすくめつつ、状況を確認。ヘレンとアルザは一定の距離を置いて対峙しており、その間にミリアが立っている。これはまさしく……元英傑と現英傑との決闘である。
「審判はミリアなのか?」
「ええ、大役を与えられて緊張しているわ」
冗談っぽく語るミリアの言動に俺は苦笑しつつ、
「まったく……ヘレン、ちゃんとアルザには確認とったんだよな?」
「もちろん」
「まあ一度勝負するのも悪くないかなって」
アルザも結構乗り気らしい……先ほど聞こえていた金属音はおそらく準備運動といったところで、本番はこれからか。
「ヘレン、一本勝負なのか?」
「さすがに五本勝負なんてする気もないよ……それじゃあ、始めようか」
「ん」
端的な物言いと共に同意したアルザは剣を構えた。次いでヘレンもまた剣を構える。
……得物である剣については、アルザの方がやや細身。なおかつ装備についてもヘレンの方が重装備。一見するとアルザが速度を重視して立ち回り、ヘレンは大きな一撃で勝負するといった感じにも見えるのだが。
静寂が周囲を包む。俺はミリアと同じ場所まで移動すると、両者の顔つきを確認。ヘレンは不敵な笑みを浮かべ、一方のアルザは無表情。集中力を高めているか。
その時、風が吹きザアアと葉擦れの音が聞こえた。
「……どっちが勝つと思う?」
そのタイミングに合わせてミリアが問い掛けてくる。そこで俺は、
「アルザの剣術は魔物や魔族に対する退魔を活用するために練り上げられている。対するヘレンは騎士が受けるような剣術を学んでいる。ヘレンの方が剣術としては正道であり――」
その時、アルザが動いた。跳ぶような一歩で間合いを詰めたかと思うと、横薙ぎを放った。けれどヘレンはそれに即応し、防御。甲高い金属音が聞こえ、決闘が始まった。
アルザは見た目通り速度で攪乱しつつヘレンに反撃の隙を与えないように立ち回る……それは功を奏したかヘレンは迫る剣を受け流すだけで攻撃はしない。ただ、彼女の方は最初の立ち位置からほとんど動かない。アルザの剣は速度を重視しているためか押し込むには至らないようだ。
そこでアルザは横手に回る。しかしヘレンはすぐさま応じて体の向きを変えつつ刃を受け流す……ミリアに語った通りヘレンの剣は正道であり、あらゆる剣戟を真正面から受けとめながら、反撃するタイミングを窺っている。豪快な一撃で終わらせる選択肢もあるが、さすがにリスクが高いと判断してそういう技は使わないようだ。
ただヘレンは魔法剣を使っていないし、腰に差している短剣などを抜く様子はない。そこで俺はアルザの動きについて一つ確信した。
「……余裕を持ちつつ立ち回っているな」
ヘレンが魔法剣を使ってくるのを見越し、無理に攻めることはしない。立ち位置を変え揺さぶってはいるが、最初に立っていた場所からほとんど動いていないヘレンに対して出方を窺っている……単純な剣術の応酬ではおそらく決着はつかない。
つまり、ヘレンが魔法剣を生み出した時が勝負なのだが、問題はアルザの方に対抗できる術があるのか。
当然ながら退魔の力は通用しない……いや、何かしら利用できるとか言っていたっけ? 元々剣術の技量として高いため人間相手でも戦えるアルザだが、さすがに相手が英傑では技術だけでは難しいだろう……果たして本気を出したヘレンに対し打つ手はあるのか。
「さすが」
ヘレンがアルザの構成に対し言った。同時、彼女の魔力が静かに高まる。
「ならこっちも……ちゃんとお返ししないとね!」
来る、と直感した矢先、ヘレンが握る剣に光が宿った。魔法剣が発動し、アルザはどう対抗するのか……刹那、ヘレンに応じるように彼女もまた刀身に魔力を集めた。