町長と騎士団
「確認だがヘレン、町長について何か知っているか?」
役所を出て俺はまず、ヘレンへ尋ねた。
「町長さんは明らかに騎士団に不信感を持っているが」
「元々町の運営について衝突を繰り返していた、みたいな話は小耳に挟んだかな」
そう述べた後、ヘレンは困った顔をした。
「町長が不信感を持っているのかどうかも正直わからないけど、この町は合議制で、町長と騎士団が話し合っている……とくれば、権力を得るため不信感があると告げて私達を引き込み、騎士団よりも早く魔族を討伐して面子を潰すというのが目的かもしれない」
「回りくどいな……いや、町長側にロクな戦力がないことからこれしか方法がないのか」
「とはいえ、私達としてはさっさと事件を解決したいのは事実。とりあえず騎士団側の様子を見に行くとしようか」
「そうだな」
同意すると、彼女が先導する形で騎士の詰め所へと向かうことに。騎士側がどういう意見を持っているのかで、俺達の立ち回り方は決まるだろう。
しかし、これまでと違う展開になってきて俺は頭が痛くなりそうだった……戦士団として活動していると、戦士団同士で権力争いみたいなものに巻き込まれるケースはあった。
例えば合同で魔物討伐を行うことにしたけど、相手の戦士団からまったく援護がなく、さらに美味しいところだけ持っていこうとするとか……戦士団の評判を上げるための行為なんだろうけど、そんなことをしていれば基本嫌われる。幸いながら『暁の扉』においてはセリーナが「他の足を引っ張らないこと」と厳命していたので、こういう事態にはならずに済んだけど、指示が無ければ身内でやっていた人間もいただろう。
戦士団同士の争いとかだったら足の引っ張り合い程度で済むからいいのだが、政治的な権力争いが絡むとはっきり言ってロクなことがなかった。
いずれ宮廷入りするため戦士団をもり立てようとしたセリーナでさえ仕事内容に政争が混ざっていると感じたら条件が良くとも手を引いていた。下手に刺激すればまずいことになるし、政治的な派閥に組み入れられてしまう危険性もある。そうなると偏った仕事を受けるようになってしまうとか、面倒なことばかりになってしまう。
では今回の場合、どうなのか……正直俺は政治的な匂いを感じ取る嗅覚みたいなものはほとんどない。しかしヘレンの場合は――
考える間に俺達は騎士団の詰め所に到着。ヘレンが入口にいた騎士に話し掛けるとあっさりと通してもらえた。そして通された部屋で俺達四人は隊長と思しき人物と向かい合った。
「ヴァナ=エーテドといいます」
そう自己紹介をした騎士は見た目三十手前の茶髪騎士。髪は短くヒゲはちゃんと剃られ、身だしなみをきちんとしている好印象な人物だった。
「英傑であり王族であるあなたと顔を合わせることになるとは思いも寄りませんでしたが」
「私のことはヘレンでいい。状況はどうなってるの?」
少しばかりいつもと比べて口調が硬くなっている。王族であるが故、騎士相手には多少なりとも厳格に接しなければいけないというのが理由だろう。
「はい、魔族の捜索については難航しています。索敵魔法などを使用していますが、周辺にはいないようです」
「地底とかは?」
「それも調べました。しかし、魔物や魔族の気配は皆無」
ふむ、逃げたか潜伏しているのか……とはいえ敵の目的がわからない以上、一度の攻撃で終わるのかすら不明だ。
「魔族は相当距離を置いていると考えて良いでしょう。今のうちに防備を固めたいところですが……」
「冒険者ギルドも独自に調べるみたいだけど」
「それは聞きました。こちらとは違う手法のようですし、情報を共有して見つかり次第即座に対応します」
「……とりあえず、長期戦の構え?」
尋ねたヘレンに対し騎士ヴァナは重々しく頷いた。
「はい。ただ正直、私達にそれができるのかと言われると……」
「微妙なところ、と言いたいようね」
「ただ、先日の戦いで消耗した武器や道具の補充はすぐに行っています。敵の動向は分かりませんが、騎士の増員も要請していますし、敵が次の行動に移す前に態勢は整うかと思います」
本当だろうか、と疑問を感じるところだが……ヘレンはその点について言及せず、
「わかった。なら、次だけど……町長がディアスを通して魔族討伐の依頼を行った」
その言葉に、騎士はピクリと反応する。
「私の素性は騎士団にしか明かしていない。結果、今のところ私のことを町長は知らない……ただ、私のことを知らないということは騎士団側と町長側で情報共有していないということを意味している。なおかつ、町長は騎士団が魔族捜索などしていないと言及していた。情報の出所はわからないけれど……あなた達と町長が良くない関係であることは理解できる。何があったの?」
問い掛けに騎士ヴァナはしばし沈黙……その顔は、明らかに話しにくいという様子だった。