幕間:各地の情報
「――状況は、煮詰まっている感じかなあ」
いつも仕事をしている部屋、そこで冒険者ギルド本部にいるエーナは声を上げた。傍らにいつもいるノナは今日、別の仕事でこの部屋にいるのは彼女一人である。
冒険者ギルド各支部から毎日様々な情報が上がってくる。魔王との戦いを終え、平和になるはずだったが――実際は魔物絡みの騒動が続いている。
そもそも魔王との戦い前でも、各地で魔物は発生していたしダンジョンもあったのでこうした報告はたくさんあった。けれど、現在はダンジョンに関する報告数は減り、魔物の出現報告が多くなっている。
それはつまり、明らかに魔族側が動きを変えたことを意味している。
「反魔王同盟……それが関連しているってこと?」
エーナは推測を述べながら思考する。現在、魔物の出現報告があった場所などを聖王国の地図に記入して状況を確認している。もし報告数が多い場所があったのなら、兆候として騎士団を派遣する理由にはなる――
「……けど、そう甘くはないか」
ギルド本部の襲撃は本当に突然の出来事だった。さらに言えばガルティアにおける魔族由来の武器とその組織に関する騒動――これについては能動的に騎士団が動き、ディアスの協力もあって解決したわけだが、この一件から察するに魔物の騒動だけでなく冒険者などにも魔族の影響は及んでいる。
ということは、観測すべきなのは魔物の動向だけではないし、そもそも前兆などを発見することは極めて困難――エーナは深いため息を吐いた。また仕事が多くなる。それを嘆いているのだ。
「早急に事務員増やさないといけないかあ」
この状況でエーナはそう結論を出した。さすがにエーナが抱えている仕事を投げられる人員は少ない。まずエーナの仕事を振り分けられる人間を選び、お願いしたら仕事量が増えた事務員の雑事を、新たに雇った人間に――といった手法しかないだろうと考える。
なぜそうまでして考えるのか――自分の負担が今より増大したらさすがに死ぬ、という懸念はもちろんある。だがもう一つの理由の方が大きい。それは、
「――エーナさん」
ふいに扉が開きノナが部屋へと入ってきた。
「新たな報告です。確認をお願いします」
「わかった……ノナ、申し訳ないけど事務員を早急に増やす方向でどうにか調整してくれない?」
「やっと増やす気になったのですか?」
「やっとじゃなくて前々からやろうしていたよ……」
「本当ですか? ともあれ負担が減るのはいいことかと。ただやり方としては、現在エーナさんが抱えている仕事を今いる別の事務員に振り分け、その事務員が抱えている仕事の一部を新たに雇った人に……という形になりますが」
「それでいいよ。というか、それしかないし」
「しかし突然ですね。何か理由が?」
「これ以上負担が増えたらヤバそうだし……それに」
と、エーナは重い表情を見せながら、
「ギルド本部襲撃事件の時みたいに、私が戦場に立たなければならない時がくるかもしれないから」
「なるほど。それを想定した場合、少しでも仕事を減らしていないと大変なことになると」
「訓練の時間だって少しは増やした方がいいと思うし」
「わかりました。では早急に――」
その時、ノックの音が。エーナが応じると事務員の女性がやってきて、
「セリーナさんがいらっしゃいました」
「通して」
答えると事務員は了承し、少し時間が経ってから――セリーナが部屋を訪れた。
「どうも、調子はどう?」
「仕事がさらに増えて憂鬱になっているところだよ」
「そう。前話した際に定期的に情報をやりとりするということになったけれど、その後の状況は?」
「今のところは特に……」
言いながらエーナは先ほどもらった資料に目を通す。そこにはツーランドで発生した魔物の襲撃について記されていた。
「ツーランド……ここ最近で大きい騒動はこれかな?」
「私も聞いている」
セリーナが答える。彼女は腕を組み、
「騎士団が魔族を追っているという話だけど」
「第一報では魔族の姿はなかったみたいだけど、果たしてどうなるのか」
言いながらエーナは資料を軽く確認する――と、表情を変えた。
「……どうしたの?」
その顔つきに違和感でも覚えたか、眉をひそめ問い掛けるセリーナ。ノナもまた普段見ない顔つきだからか、怪訝な表情を浮かべていた。
「……えっと」
しばし考えて、これはセリーナからの依頼だという事実を思い出した。
「ツーランドには、ヘレンがいる」
「おや、まさかの人物ですね」
ノナは驚いた顔を見せつつ、
「であれば、解決は早そうですね。あの方は徹底的に仕事をこなしますから」
「その道中いくつも騒動が巻き起こるけどね……」
エーナの言葉に対し、セリーナも引きつった笑いを浮かべる。正義感が強く、知識欲もあり何事にも首を突っ込む――この二つが合わさることで、余計な物事も生まれてしまう可能性が高くなる。
「まあいいや……それで」
エーナは資料から目を離し、言った。
「その場所に、ディアスもいる」
「……はい?」
間の抜けたノナの声――それがこの部屋の感情を代弁しているかのようだった。