幸運か悪運か
ヘレンと別れてから俺は宿屋へ戻る。時刻はまだ昼前といったところ。丁度ミリアやアルザも宿へ一度戻ってきていたので、昼食がてらヘレンと遭遇したことを説明。すると、
「そんなあっさり会えるものなの……?」
見つからないだろう、などと言っていた俺の言及を思い出してか、ミリアは驚きながら問い掛けてきた。
「放浪している王族よね?」
「運が良かった……ただこの場合の運というのは幸運なのか悪運なのかは知らないけど」
「目標の一つが達成できたからよしとしましょうか……それで、相手はおおまかな事情を知っていた?」
「シュウラが情報源というおかげで、ミリアのことも知っていたよ」
身じろぎする彼女。警戒しているのかなと思ったのだが、
「……彼女は私に対してどう思っているの?」
「話の流れで確認したけど、特段気にしていなかったな。王族である以上、友好的な魔族とも何かしら関係があるからだと思う」
俺の言葉に対しミリアは「そう」と短く告げる。ただ、
「……魔族と親交があるとしたら、王族はそういう者達と話ができる状況にあるわけよね?」
「王族の中に裏切り者がいる根拠の一つにはなりそうだな。ただ、だからといって頻繁に顔を合わせるわけじゃないし、むしろ王族というのは公務が多いことから密かに行動するというのはあまり向かない……そういう窮屈さが嫌でヘレンは城を飛び出しているわけだが」
と、俺は喋りながら頭をかく。
「こういう言い方をするとヘレンが一番怪しそうに見えるけど……ま、シュウラが情報を伝えているし、アイツはそれなりに大丈夫だという根拠がないとそういうことはしない人間だからな」
「彼の行動で信用するというのもなんだか奇妙な話ね……」
「傍から見ればそうだな」
俺の言葉にミリアは押し黙った。英傑は――いや、英傑とそれに連なる者達の間には奇妙な信頼関係があると思ったのかもしれない。
「わかったわ……それで明日は講習? というのを受けるの?」
「ああ。ミリアやアルザは自由に行動してもらっていいよ。ヘレンのことは騎士団に伝わっているみたいだし、情報集めについてはそれほど必要なさそうだ」
「今は結果待ちだから、とりあえずやりたいことをやるということね」
「その通り……二人はどうする?」
「私はもう少し町を見て回ってみるわ」
「わかった。アルザは?」
ここで話を向けられたアルザは、
「食べ歩き」
「……この町にもそういう店があるのか?」
「うん、結構」
「流行っているのかな、そういう店……」
「ついでに何か情報が手に入ったら言うよ」
「了解。ま、やりたいようにやればいいさ……というわけで明日、よろしく頼むよ――」
翌日、俺は朝の時間帯に店の前でヘレンと合流する。
「事情は話してくれた?」
「ああ。両者ともあっさりと受け入れた……今日も二人は自由行動だ。ミリアはブラつくらしいし、アルザはどこかの店に入って大食いチャレンジでもするらしい」
「あ、そういえばアルザって見た目に反して食欲すごいんだっけ。私一度も顔を合わせたことがないから会ってみたいんだよね」
「会ったことなかったか?」
「一匹狼みたいな冒険者とはあまり、ね」
……目の光の輝きが強くなった。顔を合わせて何をしたいのかおおよそわかるが、
「喧嘩を売るようなら仲間には会わせないぞ」
「わわ、待ってよ。大丈夫だって、怪我とかしないようにするから」
「決闘する気満々じゃないか……」
これみよがしにため息をつくが、当のヘレンはどこ吹く風。俺はやれやれといった風に肩をすくめつつ、
「……引き合わせるかどうかは俺の一存で決めるからな」
「了解しました」
「まったく……とりあえず、今日は講習を受けるということで、よろしく頼む」
「うん、よろしく」
子供みたいな邪気のない笑顔を振りまくヘレン……王族という肩書きを誤魔化していても、普段から出る表情なんかで普通の冒険者でないことはすぐにわかる。
そういえば、初めて会った時はどんな感じだっただろうか……などと考えつつ店内へ。するとそこには店主、トールが出迎えとして立っていた。
「いらっしゃいませ……英傑と、それに類する御方が相手だと緊張しますね」
「昨日までは知らなかったみたいだけど……講習の予約をした時、話したのか?」
「うん、まあこの人ならいいかなと。別に誰彼構わず広めるわけでもないし」
「ははは……まったく、緊張しっぱなしで正直よく眠れなかったくらいですが、精一杯務めさせていただきます」
「……少し話が逸れるけどヘレン。店主と古なじみなのか?」
「そう昔の話というわけでもないよ。冒険者稼業をやっている最中にポーションを購入して、効能が良かったから一時期頻繁に出入りしていたの」
「へえ、なるほど」
「では、奥へ行きましょう」
店主の言葉に従い俺とヘレンは歩き始める――ほのかに薬草の香りが漂う中、俺達は店の奥へと進んだのだった。