幕間:来訪者(後編)
セリーナが沈黙する中で、なおもノナは話を続ける。
「私自身、ディアスさん自身が戦士団の活動において問題になり得るかもしれない……そういう推測に至った時点で納得感を持ちました。ディアスさんはそもそも、自分の功績や影響力に無頓着な面もありましたからね。そこが魅力だとも言えますが……」
「そうね」
あっさりとセリーナは同意する。
「かといって、団長をやってくれと要求してもディアスは同意しなかったでしょう」
「かもしれませんね……そもそも『暁の扉』が団長を務めてきた人間は前線に立つ戦士ばかりですし、慣習と合っていませんし」
「最初は、例外的に団長にする案もあったけどね」
思わぬセリーナの発言に、エーナ達は面食らう。
「けどまあ、案は出たけどすぐに頓挫した……というより、運営能力なんてゼロだから」
「そうでしょうね」
ノナも同意。そこでセリーナは息をつき、
「神輿を担ぐように名ばかり団長という手もあったけど……それこそ、戦いのことしか余裕の無かったディアスに任せるのも酷だろうと」
「そこはセリーナさんが優しさを見せたと」
「優しさではないね。単純にそれだと面倒事が増えると思っただけ」
語るセリーナにノナは笑う――やり方はどうあれ、彼女なりに色々と奔走した結果だったようだ。
ここでエーナは、今しかないと思った――それはディアスとデートをした時の話。
「あのさ、エーナ」
「何?」
「その、ディアスからあなたとの出会いとか、因縁みたいなものを聞かされたんだけど……」
「……あなたって確か、ディアスのことが好きだったんだっけ?」
思わぬ奇襲攻撃を受けてしまい、エーナは思わずのけぞった。そんな反応を見てノナは、
「いやあ、色んな人に知れ渡っていますね」
「……というか、どうして!?」
「色んな人からの話で……」
「ああああ」
「まあ、いいじゃないですか……それで、因縁とは?」
「エーナはどこまで聞いているの?」
「いやまあ……出会った時に決闘をやったとか、その辺りだけど」
「……ディアスはたぶん、私が戦士団に所属した時に思い通りにいかなかったから、突っかかっているという認識なのかしら」
「違うの?」
問い返したエーナに対し、セリーナは小さく肩をすくめる。
「そもそも疑問に思わなかった? なぜ私が戦士団『暁の扉』を選んだのか」
「……私なりに考えたのは、大きな戦士団じゃなくて当時まだ名が売れていなかった戦士団に所属していたからこそ、やれることもあったし何より実力で主導権が握れると考えたんじゃないの?」
「確かにそれもある。でも、だったら他の戦士団でも良かったはず」
「……具体的な理由があったということ?」
「ええ、その通り」
――エーナ達は沈黙する。もしかしてセリーナとディアスの因縁は、思った以上に深いものなのか。
「まあ、ディアスの方は何も憶えていないっぽいけど」
「もしかして、同郷だったりする?」
「さすがにそれはない。だったら彼だってわかっているはずでしょう?」
「それもそうか……」
「あと、因縁というのは個人的な面もあるけど……多少ながら政治的な面もある」
「政治的?」
「別に話してもいい。でもかなり込み入った話になるけれど?」
そう問われ、エーナは考える。思った以上に彼女はフランクに事情を話す。ややこしい話なので、それでも聞きたいかということだろう。
「うん、話して」
「わかった……確認だけど、あなた達はディアスが魔法を学んだ師匠については知ってる?」
「え? 師匠?」
「ええ」
「……聞いたことないなあ」
「私もです」
二人して答えるとセリーナは「わかった」と言い、
「因縁というのは何も私個人の話……だけではない。私の師匠と、彼の師匠……その部分にも関わってくる」
「師匠同士の……それってセリーナがやるべきことなの?」
エーナが疑問を告げる。それに、セリーナは微笑を浮かべた。その疑問は当然だろうという意味合いのものだ。
「他者からすればなぜ? と疑問に思うのは当然。だから私も詳細は語らなかったわけだし」
「奇妙な理由だってこと?」
「そう。でも、私は師匠のおかげで強くなれた……それこそ、英傑という称号を得るほどに。私は力が欲しかった……そしてあの人が求めるものを持っていたからこそ師事して強くなった。だからこそ、それに報いるべきだと思っている」
「……確認だけど、その師匠に今も言われ続けているとか?」
「故人だから何もないわよ」
――エーナは、セリーナが持つ生真面目な性格の一端を見た気がした。故人である師匠の言葉も愚直に受け入れ従おうとしている。それは盲信というのとは別に、彼女がやるべきことだとして背負っているのは、恩返しをしたいという気持ちがあるためだろうか。
「もう少し詳細を知りたければ話すけれど」
「……どうしようかな」
エーナはそう言いつつ、セリーナに対し興味が湧いた。もう少し話をしてみたい――それは同じ英傑であるからなのか、それとも他に理由があるのか。
「ノナ」
「私も同じ考えです……セリーナさん、食事でもしながら話しませんか?」
「……ええ、いいわよ」
そこで彼女は笑う。それはとても、柔らかい表情だった。