言いようもない感情
迫るミリアに対し、魔族はなおも後退しながら魔物を生成しようとした。魔法などを使うことすらなく……この状況において魔物を生成し続ける以上、他に手がないのだと予想できた。
故に、魔族にとって残された手は少ない……ミリアが間合いを詰める。剣を構えその刀身には魔力――俺の強化魔法が加わると同時、彼女自身の力も開放する。
それは魔族の力が混ざり合ったもの……のはずだが、騎士や魔術師はそう感じないはずだった。理由は俺の魔法。強化魔法を行使した際に彼女の力を隠蔽する効果もまとめて付与した。まあ魔族の力を発しても誤魔化せるとは思うが、違和感を持たれないのならその方がいい。
魔族は気付いたかどうかわからないが、接近するミリアに対し魔物でどうにか追い払おうとした。けれど、出現した直後にアルザに切り払われ、さらに俺の無詠唱魔法が飛ぶ……追い込めているのは間違いない。
そして、ミリアの剣が放たれた。それを魔族は結界で防ごうとしたが――彼女の剣はそれを平然と突き破る。
「いけっ!」
思わず声を出した直後――ミリアの剣戟が、魔族へと叩き込まれた。
渾身の一撃……それによって、勝敗は決した。ミリアの剣が炸裂し魔族が倒れ伏すと、魔物の生成が完全にストップする。
戦闘は終了。俺は小さく息をついた後、ミリアの下へ駆け寄った。
「ミリア、大丈夫か?」
「問題ないわ。怪我もなし」
「そうか……アルザ、そっちは?」
「平気」
端的な答えを聞いた後、魔族へ視線を移す。倒れ込み崩壊しようとする魔族の顔つきが見え――
「私は、見たことがないわね」
ミリアが言う……その魔族は、
「……あんた」
俺は、目を見開き声をこぼした。
「何で、こんなところにいる?」
「……ふ」
問い掛けに魔族は笑う。そしてミリアは俺へ視線を向け、
「ディアス、知っているの?」
「……この魔族は」
視線が相手と合う。そして、
「友人……魔族アヴィンの従者と名乗り、滅んだと伝えに来た魔族だ」
その言葉は予想外だったらしく、ミリアもアルザも目を丸くした。
「なぜ、ここにいる?」
そして俺は再度尋ねる。とはいえ、尋問するような時間もない。ミリアの剣が決定打となって、手足から塵へと変じ始めている。
「……そういえば、お前は魔王を倒したのだったか」
やがてアヴィンの従者は、俺へ言う。
「主と笑い駆け回っていた者が……とは、何の因果か」
「あんたがここにいるのは……アヴィンが滅んだのと、関係があるのか?」
魔族は何も言わない……だが最後に小さく笑い――滅んだ。
言いようもない感情が湧き上がる。それが喜怒哀楽のどれかですら認識できないまま、ひたすら塵と化した魔族を見続ける。
「……ディアス」
僅かな沈黙の後、ミリアが声を掛けてきた。
「疑問はあるでしょうけれど……」
「そうだな……まだ残っている魔物がいるかもしれない。まずは調べないといけないな」
思考を切り替える。半ば無理矢理噴出する疑問を頭の隅へ押しのけながら、俺は今回作戦に参加した騎士へ呼び掛けた。
「砦の確認はするのか?」
「現在、魔法により調査しています……あの魔族が住処としていた場所へ入れたら、何かしら資料があるかもしれませんが」
「……どうだろうな」
魔族は荷物の類いは持ち合わせていなかった。住処は隠しているにしても、万が一見つかったらまずいことになる……資料については既に処分された後だろう。
僅かな望みに託し調べるのもいいが……どうやら騎士達は確認する作業をするようなので、俺はその結果がわかるまでは最寄りの町に滞在することを決める。
――そうして、戦士団『蒼の王』と関わった後に起きた一連の戦いは終了した。けれど最後の最後にさらなる疑問が膨れ上がってしまったわけだが。
魔族アヴィン……魔王に関すること。それらを調べるべき……と俺はクラウスなどに助言をしたが、提言した時点では確証無きものだった。けれどもしかするとこれは正鵠を射ていたのかもしれない。
とはいえ、アヴィンのことを調べるだけで全てがわかるのだろうか? そうした疑問を抱いたとき、ミリアが一つ俺へ告げた。
「あの魔族……反魔王同盟と関わりがあるのかしら」
「……わからないな。もしそうであるなら、王都襲撃などからある魔王討伐後の戦いに関連したものだ。ただ、その場合厄介な事実に行き当たる」
ミリアとアルザは俺へ注目する。
「今回の件でわかったことは、どうやら国の上層部……そこに、魔族と手を組む者がいるということ。その上、今回遭遇した魔族はその存在と繋がっていた可能性すらある」
「反魔王同盟の動きが国家転覆とか支配を狙っているとしたら……その存在の狙いは聖王国に対するクーデターということかしら?」
「可能性はゼロじゃない。けど、国の体制は安定している……王城内の権力争いにしても、魔族と手を組むなんてスキャンダルにしかならないし、デメリットが大きすぎる」
あるいは……と、様々な推測が浮かび上がる中、俺達は騎士達の作業を眺め続けるのだった。