人間と魔族
「……何でこんな町にいるんだよ?」
少年時代、最初に魔族アヴィンと出会った時、俺はこう問い掛けた。自分は魔族である――そんなことを明かした俺は至極もっともな疑問を投げた。
魔界との関係性から、基本的に聖王国と魔族との関係は最悪であったが、ミリアの叔父であるオーベルクのように人間界で暮らす魔族も少数ではあったがいるにはいた。ただまあ、町で暮らす場合は基本的に魔族であることを隠しながら生きていく……が、魔族アヴィンは俺と遊んだ日、あっさりと正体をバラした。
「それは色々と理由があるんだ」
と、少年であるアヴィンは答えた……最初に顔を合わせた時の格好は、上等な生地が子供である俺でもわかるくらいの衣服を着た、栗色の髪を持つ少年。立ち振る舞いなどは貴族のようにも見え、魔族であることを抜きにしてもこの町になぜいるのか、という疑問が浮かぶのも当然だった。
ついでに言えば、どうして俺なんかに構うのかという疑問もあったのだが、
「君とは仲良くなれそうだから」
と、アヴィンは俺に何でもないことのように語った。
「そして、君なら秘密を喋ることもなさそうだし」
「秘密?」
「魔族であるのは隠せと言われている……けど、これから友達として接していくのであれば、最初に言っておいた方がいいだろ?」
――後で聞いた話によれば、アヴィンがあっさりと魔族だと言ったのは完全に彼の独断だったらしい。こっぴどく怒られたとのことだし、不用意な発言はするなと彼のお目付役である執事から言われたそうなのだが、彼は信頼できると思った人間には正体を語っていた。ロスラなんかもその一人だ。
たぶんだが、彼なりに魔力などを通して信頼できるのかどうかを推し量っていたのだろう……実際、アヴィンが町を離れるまで、彼が魔族であることを知る人間はそれなりにいたけど、迫害されることも騎士団が派遣されて彼が攻撃されるなんて展開にもならなかった――
「……とまあ、最初に出会った時点であっさりと正体を言うくらい、大胆な魔族だったってのが最初の印象かな」
俺とアルザは大通りを歩きながら話をする。ちなみにアルザは時折飲食店を見つけたらそこに注目してメニューを確認している。その目つきはちょっと怖い。
「だけど、最初に語ったのが良かったのか……俺達は親友と呼べる存在となった。魔族は確かに人間界に様々な被害をもたらしているし、敵であることは疑いようもない事実だ。でも、アヴィンのような存在も……その事実によって、俺は魔族にも色々いるんだなと認識するようになった」
「アヴィンは結局、町にいた理由は語らなかったの?」
「そこは何も言わなかった……それに、尋ねることはなかった。子供なりに漠然と何か事情があるんだろうくらいの理解で子供としては十分だった。町にいる経緯を知らなくても、一緒に遊ぶことはできたわけだし」
「そうだね……ディアスにとって、大切な存在だったんだね」
「一番一緒に遊んだ相手ではあったな。アヴィンも俺のことを信頼してくれていたのは間違いないし……もしかするとアヴィンはこの町に来ることになった経緯について、当事者である彼自身知らなかった可能性もあると思ってる」
「大人達の事情ってこと?」
「そもそも、魔王候補云々なんて子供にはわからないだろうからな……そうして月日は流れ、彼は町を去っていき、俺は冒険者となった。そして彼は死んだと聞かされた……」
「その時、どう思ったの?」
「悲しかったよ。人間と魔族……もし顔を合わせたとしても一緒に遊んでいた時のような関係に戻れなかったとしても、話くらいはできたはずで……別れてからの身の上話を、色々と語りたかった。それこそ、酒を飲みながら喋り倒すことだってできたはずだ」
「そっか……」
「別に感傷的にならなくてもいいぞ?」
「わかってる……で、今魔族アヴィンの足跡を辿っている」
「まさか自分が子供の頃の話を引っ張り出してくるとは正直予想もつかなかったよ……なんとなく、この話は根深いものがあると俺は踏んでる。でもまあさすがに、個人で調べるにも限界があるし後は国に任せたいところだけど」
「……そうは言っておきながら、今後も関わりそうだけどね」
「そうか?」
「ロスラさんの調査で新事実が判明したら、動くでしょ?」
……まあ、そうだよな。自分探しの旅をするという点で考えると、新情報がないことの方が良いのかもしれない。
「ま、後はロスラ次第だな。それによって、俺の動きも変わりそうだ……と、どうした?」
ここでアルザが立ち止まると、彼女は一軒の店を指さした。
「あの店に入る」
「わかった……そろそろ時間も頃合いだし、俺も昼食にするかな」
そう思いつつ俺とアルザは店へ足を向ける……そこでふと、アヴィンのことをエーナへ伝えたことを思い出す。
今頃、会議を始まって喋っている頃だろう……国側は、この情報を知ってどう動くのだろうか――