英傑からの頼み
食事は進み、俺達は雑談に興じていた時、ふいにシュウラが俺へ一つ話を持ちかけた。
「そうだ、ディアスさん。一つ頼んでもいいですか?」
「ん、俺に?」
「はい、戦士団所属の身では難しいので」
「……シュウラからそういう頼みというのは聞いたことないし、珍しいな。俺にできることなら」
「なら、旅の道中でアルザの様子を見に行ってもらえませんか?」
提案に対し、俺は最初目を丸くした。
「え……アルザの?」
「はい」
「でも、アルザって確か――」
「故郷に帰りました。しかし、その故郷がどうなっているのかは知っているはずですね?」
「あ、ああ。そうだな……俺はアルザから何をするのか聞いていたから、大丈夫かなと思って旅立つのを見送ったけど……」
「アルザの身に何かが起きる、という心配はしていません。しかし、話一つ聞かないので」
「……わかった。そういうことなら」
「あの、アルザって……」
ミリアが問い掛けると俺は「ああ」と声をこぼし、
「説明がいるよな。アルザというのは――」
「確か元『六大英傑』よね?」
「……その辺りの情報も回っているのか。うん、正解だ。『六大英傑』だった人物だ」
「外された原因は魔王との決戦二ヶ月前に怪我をしたからなんですよね」
と、シュウラが続けて告げる。
「とはいえその実力は……現在の『六大英傑』の中にいても不思議ではありませんし、怪我が治っているならまた英傑の座を脅かすかもしれませんね」
「……確か異名がものすごい人ではなかったかしら」
ミリアが言うと俺は「そうだな」と同意する。
「厳つい異名だったよな……『魔を滅する者』だからな」
「退魔の力を有しているが故に、魔物や魔族を屠る能力はとんでもなかったですしね」
「そうした人物の様子を見る、というのは?」
ミリアが問い掛けると俺は頭をかきつつ、
「アルザは怪我をして、療養していたんだが……ある程度怪我が治ったら突然帰郷すると言って王都を離れたんだ」
「ただ、アルザの故郷は魔物によって崩壊しているんです」
俺とシュウラが解説すると、ミリアの顔が曇る。
「それは……」
「魔王決戦前に手紙が来て、故郷の近くにある町を拠点にして活動していると知って無事なのは間違いない。ただ、まだ調子が戻らないから大きな戦いがあっても参戦できないって旨は記されていた」
「手紙を送ってくる以上、情報は得ていたということ……性格上アルザが参戦できず悔いているとは思えませんが……」
「無頓着だったからな、アイツ。でもまあ、気になるのはわかるよ」
シュウラの言葉に俺は頷きつつ、
「なら、様子を見に行くよ」
「ありがとうございます」
「しかしシュウラもずいぶんと気を遣うんだな。アルザとは関係もほとんどないだろ」
「実を言うと、幾度かアルザには助けられたことがあるので、結構気にしていたのですよ」
「なら、戦士団に誘うとかは?」
「さすがに拒否するでしょう。そもそもアルザは組織に入りたくないと根無し草で活動していましたし」
「結構、難儀な人なのね」
横からミリアがコメント。そこで俺とシュウラは苦笑する。
「難儀というか……まあ、確かにそうだな」
「ミリアさんはアルザについての詳細は知らないのですか?」
「資料でチラッと見た程度だけど」
「そうですか。ならお会いして、是非とも仲良くなってください」
「……私が?」
「魔物に故郷を滅ぼされたとはいえ、無害な魔族に対してそこまで悪い印象は持っていませんので」
「……わかった。善処するわ」
そんな会話を繰り広げている間に食事が終わる。すると、シュウラがおもむろに立ち上がった。
「決闘の場所は事前に用意します。明日の昼、指定した場所に来てください」
「わかった……それまでシュウラはどうするんだ?」
「一応、体の調整を。魔王との戦い以降、ロクに戦闘はありませんでしたし」
「そっか。なら俺もいくらか体を動かすかな」
「魔族討伐に赴いたくらいですし、平気なのでは?」
「相手は前衛に立つような人間でなくとも『六大英傑』だからな。準備するのは当然だろ?」
問い掛けにシュウラはほんの少しだけ、体を震わせた。それはもしかすると、武者震いかもしれない。
「……ええ、本気になってくれてありがとうございます」
そして彼は立ち去った。その姿を見送った後、俺は一言呟く。
「さて、気合いを入れるか」
「……勝てるの?」
ミリアからの疑問。俺は肩をすくめ、
「どうだろうな。立ち位置としては同じ後衛……ではあるけど、単純な魔法の撃ち合いで終わるとは思えないな」
彼はセリーナのように攻撃魔法で味方を援護するタイプではあったのだが、単純な火力ではセリーナの方が上だ。ではどうしたかというと、多種多様な工夫があった。
「単純に戦略だけで英傑入りしたわけじゃない……ま、やれるだけやってみるか」
応じるのならば全力で――そんな気持ちの中、俺もまた鍛錬すべくミリアと共に店を出たのだった。




