新たな人生
俺のことを疎ましいと思っている人間がどれだけいるのかわからないけど、少なくとも団長と副団長の二人にとっては心底厄介だろうと俺でも理解はできる。
戦士団において最古参と聞けば、戦士団に加入した新人だって気を遣うだろう。そんな人間が団長にもならず、一団員として過ごしている……となれば、面倒だと思うのは当然のことだ。
実際のところ、勇退と言ってはいるが魔王討伐を契機に戦士団を変えていく……その一環として厄介者である俺を追い出そうとしているのだろう。
で、団長の発言を受けて俺は別段不快感もなかった。というより、魔王との戦いが終わりこれを機にどうしようかと悩んでいる状態ではあったのだ。
二十年所属した戦士団に思い入れは少なからず存在するけど、結成時のメンバーは一人残らず去って、俺だけが居座っている状態。魔王との戦いで戦力が必要になるからと今まで特に何も言及されずにいたけど、討伐を果たした今なら……ってことだな。
俺としても、これをきっかけにして旅でもしてみるか……そんな感情が沸々と湧き上がったので、こちらの返答を待ち緊張する団長への返事は、ずいぶんと軽いものとなった。
「わかった。なら、俺は戦士団を離れることにするよ」
――さすがに予想外だったのか、団長と副団長は目を丸くした。
「魔王を倒すなんて偉業も達成したからな。これを機会に一人旅でもしてみるさ」
「……そう、か」
内心安堵していることだろう。そこから俺は「明日にでも出る」とだけ伝えて、部屋へと戻ることにした。
部屋の中に入っても馬鹿騒ぎをする声が聞こえてくる。そんな中でベッドに入り、眠る直前にこれまでのことをなんとなく思い出して……戦いしかなかったなあ、と改めて感じた。
団長達は、俺がこの戦士団に思い入れがあって、抜けたくないと考えていたのだろう。確かに思うところはあるが、戦士団にしがみつこうなんて考えがあるわけでもない。
魔王を倒したことで、戦士団はどうなるのか……まあ彼らの頑張り次第だろうか。むしろ、これから大変そうだし何かあったら最古参の俺を身代わりにするとか、そういうことをしないだけ優しいかもしれない。
「……ま、頑張れよ二人とも」
そんなことを言いつつ、俺は眠った。団員の声だけが、ずっと頭の中で響き続けた。
――そうして迎えた翌日、まだ日も出ていない早朝に俺は起床し支度をする。藍色のローブに手には木製の杖。見た目は何の変哲もない武器だが、これを使って戦い抜いた……俺にとって一級品だ。
次いで部屋の中にある鏡で自分の姿を確認する。正直、語る必要もないくらい平凡……黒い髪に黒い瞳。美形でもなければ年齢的な渋さもない。まあ若く見られるのは良いことかもしれないか。
俺は支度を済ませると、部屋を出る。そっと宴会場を見ると、そこで眠っている団員もいた。
「元気で」
そう呟いて、誰にも見咎められないように屋敷から抜け出す。
「さて、心機一転だな」
といっても、何をするかとかまったく決まっていないが……とりあえずしなければならないことが一つ。
「金がないんだよな……」
魔王の侵攻は奇襲でもなかったので、国から武装を整えるために予算が充てられたのだが、自腹を切って購入した道具なんかも数多くあった。結果としてそれらは全て魔王との戦いに費やされ、所持金は数日分の路銀しか持っていない。
「ま、王都を出て冒険者ギルドで仕事を探せばいいか」
そんな結論に至ったので、俺はさっさと都を出るため大通りを進むことにする。まだ日の出ていない時間帯だが空は明るく、店の準備を始めている人もいた。
やがて町を囲む城壁と、門へと辿り着く。見張りの男性兵士がそこにはいて、門は開いている状態。俺を見ると顔を知っているのか驚いた様子を見せ、
「ディアス=オルテイルさん?」
「ああ、そうだよ」
「えっと、お一人でどこに?」
「魔王討伐を契機に団を離れて旅でもしようかと」
……目を丸くする兵士。ただ、魔王討伐をきっかけとして自由に――という発想は理解してくれたようで、彼は笑みを見せた。
「そうですか、今までお疲れ様でした。旅、楽しんでください」
「ありがとう」
礼を述べつつ俺は門から王都を出た……そして、先ほどの会話を思い出して苦笑する。
「なんだか、物語のエピローグみたいだな」
魔王を討伐して、旅に出る……子供の頃に読んだ勇者と魔王の物語そっくりである。
まさか自分がそういう風になるとはなあ……ただ、魔王を倒すなんてそれこそ、夢物語の世界でしかなかった。そう考えると俺は物語の登場人物の一人になってもおかしくはない。
「将来今回の戦いのことが物語になったら俺は……まあ『六大英傑』の影に隠れたモブ役かな」
名前が歴史書に載るようなこともないだろう……そもそも歴史に名を残したいという意思があるわけでもないし、魔王を倒した場所に立ち会えただけでも、幸運なことだろう。
俺は改めて魔王との戦いを振り返った後……ひたすら街道を進んでいく。やがて朝日が昇り――俺にとって新たな人生が始まった。