剣術道場
翌日、俺とミリアはロスラの屋敷を出発してガルティアにある剣術道場へ向かう。ちなみにアルザはまだ屋敷にいるのだが、そう経たない内に外へ出るだろう。
俺はミリアと雑談に興じつつ、見慣れた道を進んでいく……ガルティアに俺の住まいはもうないが、ここにはたくさんの記憶があるし、今も思い出せる。時折ここへ立ち寄る時、ふと思い出したりするのだが……今回は戦士団を抜けて自分探しという名目で旅をしているためか、蘇る記憶も多い。
あるいは、アヴィンのことが魔族との戦いで関わってくるかもしれない……という、推測がそうさせているのか。ミリアと会話を行いながら、視線は過去の情景を呼び起こすように色々な場所へ向けられ……やがて、道場へ辿り着いた。
中へ入ると、朝から剣の打ち合いをやっている光景が見られた……その中で道場主である男性が俺達に気付いて近寄ってくる。
「ディアスじゃないか。どうした?」
「久しぶりだな」
「ロスラの所へ顔を出しているのは知っていたが……彼女は?」
ミリアに首を向けながら道場主は問い掛ける。そこで俺は、簡単に事情を説明する。
「……というわけで、彼女に色々と手ほどきできるとありがたいんだけど」
「そうか、なるほど。ただそれをする前に、彼女の実力を確認しておく必要があるな」
「構わないわ」
ミリアはあっさりと了承したため、ひとまず彼女の能力について検証することに。道場主は稽古をしている人物を幾人か呼び寄せ、さらにミリアへ木剣を手渡す。
「まずは数人と打ち合ってみてくれ」
ミリアが頷くと、門下生の一人が前に出る。相手もまた木剣であり、当たり所が悪ければ打撲程度では済まないかもしれない。
両者が剣を構える。途端、彼女達が放つ空気が硬質なものへと変わる。他の人間はなおも稽古を行っているが、その雰囲気に当てられて彼女達の方を見る人間も現れる。
やがて――最初に踏み込んだのはミリア。跳ぶような一歩で間合いを詰めると、門下生へ一閃する。相手はそれを真正面から受けたのだが、予想以上に衝撃があったのか苦悶の表情を浮かべつつ後退して距離を置こうとした。
それに対し、ミリアはなおも足を前に出した――途端、一気に押し込み門下生が持っていた木剣を弾き飛ばした。
それで勝負は決し、道場主は「ほう」と声を上げる。
「なかなかの実力だな」
「そうかしら?」
「一見すると力で押し込んでいるようにも見えるが、剣を合わせた瞬間に相手の力を察知して対応を決めている。今のは踏み込んでも問題ないと判断したため、動いたのだろう」
――ここの道場主を含め、剣の師匠となる人物は魔力を捕捉する能力を養っており、相手が何をしたのか瞬時に把握することができる。剣術にも魔力を用いる以上は指導のために必要な技能で、彼もミリアの動きをすぐに理解することができたようだ。
続いて別の門下生がミリアと打ち合う。技量は一人目よりも上回っているようであり、数度剣を交わし木剣同士が激突する乾いた音が道場内に響く。
するとミリアは剣へわずかながら魔力を注いだ。直後、打ち合った際に門下生の木剣が大きく弾かれる。相手はまったく油断などしていなかったが、ミリアが魔力を注いだことによって変化が生じた。
そこからはあっという間だった。次の激突で門下生が体勢を崩し、ミリアは相手が持つ木剣を弾き飛ばす。それで勝負は決し、道場主はもう一度声を上げた。
「二戦見た限り、剣術は基礎から叩き込まれているな……ディアスと違って才覚もある」
「ほっとけ」
俺の言葉に道場主は小さく笑った後、
「うん、個人的に言えばこのまま鍛練を重ねれば十分だと思うんだが……」
「でも、魔族へ挑むには不十分でしょう?」
即座に問い返した言葉に対し、道場主は小さく唸った。
「なるほど、魔族相手の剣術をご所望か……自衛のために魔物相手の想定はしているが、魔族相手となるとなかなかに骨が折れる……が」
と、ここで彼は俺へ視線を向けた。
「ずいぶんと豪胆な女性を連れてきたな」
「事情があって」
「なるほどなるほど……魔族相手の想定なら、こちらとしてもかなり気合いの入った指導をしないといけないわけだが……今回については、少し事情が違う」
そこで道場主はニヤリとなった。
「ディアス、唐突に言うがパメラが帰ってきている。彼女に任せてもいいか?」
「え……アイツが?」
目を見開く。新たな名前が出てきたためかミリアは、
「ディアス、知り合いなの?」
「あ、ああ……同郷の剣士でまあ、俺と同じ冒険者稼業をやっている女性なんだけど」
「たぶんここには指導を受けるということで代金とか持ってきてもらっているはずだが、もしパメラから指導を受けるなら、そちらに金を渡せばいい」
そんな解説を道場主が行ったところに――騒々しい足音が道場の入口から聞こえてきた。