幕間:王都を訪れる英傑(後編)
「えっと、それじゃあ……」
大通りを歩きながら、エーナは横にいるセリーナへと問い掛ける。
「孤児院には、何の用で?」
「あの施設を運営しているシスターは恩人でね。経営が大変ってことでなら微力ながら手を貸そうかなと」
「戦士として稼いだお金で?」
「私が稼いだ金額なんて、施設経営に必要な額と比べたら妖精の爪垢くらいにしかならないけどね」
と、そこまで言った時――セリーナは口の端に笑みを浮かべた。
「最初はただ恩人の援助だったけど、施設にいる子供達と接している内に、ああいう場所は絶対に守らないと……ということで、よく顔を出すようになった。それに元気な子供の姿を見ると元気が出るし」
「なるほどね」
「意外に思っていそうね」
と、セリーナは表情を収め問い掛けた。
「もしかしてあれかな? 冷酷な魔術師であり、体の内に流れる血は赤色じゃなくて青色だと思っているとか……」
「……そんな噂が流れているの?」
「誰かが面白おかしく吹聴しているのかもしれないのでしょう。ま、取るに足らない話だから無視しているけど」
「なんだか、大変そうね」
そんな感想を述べるとセリーナは肩をすくめた。
「噂に聞いているあなたの仕事量と比べれば、大したことのない話よ」
「あはは……」
苦笑するエーナ。それと共に、今隣を歩く英傑の印象が、大きく変わった。
確かにイメージが先行していたかもしれないとエーナは感じた。話に聞く『暁の扉』の副団長は自分にも他人にも厳しい存在であり、誰であろうと容赦のない存在――そんな印象だった。
けれど、横を歩くセリーナは様々な活動を行っているし、決して無表情というわけではない。イメージとしては眉間に皺を寄せているような感じではあったし、エーナの頭の中に浮かぶ姿もそれだったが、
「……厳しいイメージがついているのは、何かしら考えがあってのこと?」
そんな問い掛けをすると、セリーナは少し驚いたように目を丸くした。
「どうしてそう思うの?」
「なんというか、今の様子と戦場にいる様子……それを比べると、肩の力が抜けているような気がして」
「戦場ならば当然……と、言いたいところだけど指摘については間違いとも言えないわね。ただこれは、戦士団として活動していく上では必要だった」
「女だと舐められるから?」
「それもあるけど、常にニコニコしていたら威厳なんてないでしょう?」
ああ確かに、とエーナは内心で思う。
「どのくらい私の事情を聞いているか知らないけど、私が宮廷入りを果たすために活動していることくらいは知っているでしょう? そのためには、他者に舐められてはいけないし、何より強さだけではなく戦士団運営について評価してもらうためには、甘い行動は許されなかった」
「……その結果、どういう評価なのかは人それぞれだけれど」
と、エーナは相手の言葉を受けて語り出す。
「戦士団『暁の扉』が発展し、規模を拡大できたのは、運営という面では成功と言えるのかな?」
そこまで言うと、セリーナは沈黙した。表情を窺うと目を細め遠くを見ているような雰囲気があった。
その様子から、エーナはディアスのことが頭に浮かんでいるのだろうと察せられた。それと共に、エーナは思う――
(セリーナは、ディアスを追い出すことで生じる出来事……それについては、予見していたはず)
聡明かつ、戦士団を拡大し続けた彼女であれば、七人目の英傑と呼ばれたディアスを追い出すような形で脱退させたならば、その影響は小さくないものだろうと考えるはずだ。
エーナは彼女の横顔を一瞥する。戦士団を率いている時と異なり、彼女の表情は穏やかなものであり、戦場における苛烈な態度は一切見られない。
(正直、セリーナは私より頭がいいだろうし……でも、自分という存在を大きくするため、何より宮廷入りするためにディアスを……?)
――なぜディアスを追い出したのか。
そういう問い掛けをしてもよさそうな雰囲気ではあったが、もし口にすれば空気が凍り付くのは間違いないだろう。それは今から始まる会議では致命的な軋轢を生む可能性は否定できず、だからこそ今口にすることはできない。
(そもそも、問い掛けて答えが返ってくるのかも――)
そんな言葉を頭に思い浮かべた時、真正面に見知った人物を見つけた。
「おや、珍しい組み合わせですね」
英傑の一人、シュウラであった。彼もまた城へ向かっているのだろう――とエーナが予想したところに、意外な言葉が彼からもたらされた。
「会議ですが、時間を遅らせるとのことです。先入りしようと城へ行きましたが、門前払いを食らいました。現在は昼前……真昼を少し過ぎた時間帯にするそうで」
「そうなんだ。えっと、それじゃあ……」
「食事でもして時間を潰しましょうか」
「シュウラと一緒に食べるのは嫌ね」
と、あっさりとセリーナは告げると身を翻した。
「なら、先に用事を済ませてくる」
「ええ、わかりました」
あっさりと立ち去るセリーナ――そんな彼女を、エーナは見送ることしかできなかった。