幕間:王都を訪れる英傑(前編)
――聖王国の都はいつ訪れても盛況であり、エーナとしては人混みを見る度に眩暈がしそうだった。
しかも今回は、大通りの果てに存在する王城へ向かわなければならない――幾度となく踏み入れたことはあるが、エーナ自身はあの緊張感に満たされた空気が正直好きではないし、文官はああいう空気でよく仕事ができるなとむしろ感心するほどであった。
「はあ……」
そしてため息一つ。冒険者ギルドを襲った騒動――副会長が主犯ということもあり、エーナが代表して王城へ説明を行うべく、都を訪れた。実際、副会長と手を組んでいた魔族を直に見たことから、エーナの証言が何よりも適切だろうというのが国側の判断だった。
それは紛れもない事実であり、だからこそエーナは城へと向かっているのだが、正直気が重い。
「絶対城勤めだけはやだなあ……」
自分はきっと冒険者ギルドにいる英傑として引退まで頑張るのだろう――と思っている時、視界の先に王都にある冒険者ギルドが目に入った。
「……少しくらい、状況を確認するか」
足を止め建物の中へ。先日王都も魔族からの攻撃に遭ったわけだが、その影響は大通りの様子的にはなくなっている。けれどギルドはどうか。
ギルドを運営する人間と簡単に話をして、問題ないのを確認した後、建物を出ていよいよ城へ――と思っていた時、見知った後ろ姿が路地に入っていくのを目にした。
「あれ?」
その人物が気になって、エーナは路地へと入る。早歩きなのか路地をズンズンと進んでいく人影。エーナは少し歩調を速めつつ、後を追うことにする。
そのまま城へ向かえばいいものを、わざわざ後ろ姿を追ったのは――おそらく、一人で城に行くのが不安だという気持ちの表れかもしれない、とエーナは自分で感じた。とはいえ、追う相手は一癖も二癖もある人物。この選択が果たして正解なのかどうか――やがて辿り着いた先にあったのは、孤児院だった。
「……ん?」
その人物は何の迷いもなく建物へと入っていく。エーナはさすがに中までついていくわけにもいかず、物陰から様子を窺うことにする。
――もしエーナの姿を誰かが見ていたら、果てしなく怪しいだろうと自覚できる。おそらく追いかけた相手は用事があってここを訪れたのだろう。仕事なのかプライベートなのかはわからないが、とにかくエーナが立ち入るべき領域でないことだけはわかった。
「……行こう」
さすがに隠れて建物を眺め続けるわけにもいかない。エーナは気が進まない中でトボトボと城へと歩き始めた――のだが、
「あれ?」
女性の声がした。それはエーナ自身、歩くペースが遅かったのが原因。
反射的に振り返る。そこに、先ほど後を付けていた人物が立っていた。
「エーナ? どうしてここに?」
――その人物は、同じ英傑のセリーナであった。
見覚えのある人間がいたので後を追い掛けた、ということをセリーナに伝えた結果、当の彼女は小首を傾げつつも城に行きたくないというオーラを感じ取ったのか、
「できればこのまま帰りたいという顔をしているわね」
「うん、そうだね……」
――結果的に隣同士で大通りを歩き、城へ向かっている状況。傍から見れば片方は冒険者ギルドの制服で、片方は魔法使い然とした冒険者。エーナ達のことを知らなければ、冒険者ギルドの職員が魔法使いをどこかへ案内している、という風に映ることだろう。
ただ、その雰囲気や容姿から考えるとセリーナが主導権を握っているように見える。彼女の方が背も高ければスタイルもいい。全能の魔術師――セリーナの異名だが、それは実力だけでなく容姿にまで行き届いているな、などとエーナは思った。
「今回は、ギルドで起こった騒動の報告だったわね」
そしてセリーナは告げる。彼女もまた王城へ呼ばれており、それなりに事情を把握している様子。
「ちなみにだけどセリーナ、他に誰が来るのか知ってる? シュウラは来るだろうと思っているけど」
「クラウスとシュウラ、私に戦士団代表としてロイドとあなた、それで全員ね。ニックはどこかでダンジョンに潜っているみたいだし、そもそも根無し草だから国側も連携は期待してないでしょう」
「もう一人は……」
「まあ、来ないわよね」
エーナは首肯する。どうなろうとも、残る英傑の一人については城へ来ることはないだろうと確信できた。
そう思うと同時にエーナはこの後どうやって会話を進めていこうか迷った。自分のことを話せばいいのか、それとも先ほどのセリーナの行動について尋ねたらいいのか。
エーナ自身、彼女と接した経験があまりないため、どういう風に話題を持っていけばいいのか迷う。なおかつ、エーナがディアスと親交が深いという点も知っているだろう。であれば、迂闊に身の上話を語るのもまずいだろうか――
「質問があれば答えるわよ」
ふいにセリーナからそうした言葉が飛んできた。
(もしかして、気を遣わせたりした?)
セリーナの雰囲気が、決して硬い態度でないことをエーナはここで理解し――やがて、口を開いた。