魔法研究者
ロスラとの出会いはそれこそ魔族アヴィンと同様幼少にまで遡る……俺が魔法使いとして戦士に所属した際、バックアップを申し出た同い年の支援者だった。
元々、彼は魔法に強い興味を抱いていた……が、その方向性は戦士とは異なっていた。魔法がどのように作用し、世界にどういった影響をもたらすのか……つまり、学問的な意味合いで興味を持ち、研究を重ねた。
知識量や研究能力については秀才クラスであり、実際いくらか論文が発表され、それに基づいた魔法も開発されている。俺の強化魔法についても学問的な見解で助言をしており、彼が持つ理論によって魔王と相対した決戦術式……あれが完成した。
「いつものように荷物を置かせてもらいに来たんだが」
「用はそれだけじゃない、って様子だね」
ロスラは書類を机の脇に置いた。
「魔王討伐後の騒動については聞いている。ディアスはそれに加わっているのかい?」
「まあな」
「ふむ、戦士団を抜けたという話は風の噂で耳にしていたけれど、他にも何かあるようだ……お茶でもしながら話を聞くとしようか」
そう言ってロスラは立ち上がり――俺達は部屋を出たのだった。
小さな食堂で、俺達はロスラと向かい合い話しながらお茶をすする。ミリアの素性を含め、魔族アヴィンのことが何かしら鍵になっているのではないか……という風なことを説明すると、ロスラは納得の声を上げた。
「なるほどなるほど、考察しがいのある話ではあるし、ディアスが言う内容もあながち間違いとは言いがたいだろう」
「俺が持っている情報は以上だが……何か疑問はあるか?」
「一番の疑問は、反魔王同盟……そういう存在が組織のような形であるとして、その目的は何なのか。自分達こそ、魔界の支配者にふさわしい……と主張するのは構わないけれど、魔王の席はたった一つ……同盟を組んでいるとしても、誰がその座を得るのか」
「仲間割れすると考えているのか?」
俺の疑問に対しロスラは口元に手を当てつつ、
「同盟ならば盟主がいるはずだ。その魔族こそ一連の事件における首謀者……ということなのかもしれない。ただ、それをあぶり出すには魔界へ赴き情報を得なければ難しいだろう」
人間界で得られる情報には限界がある……魔族は人間界に入り込んで情報を得ることは容易いが、逆は非常に困難。種族的な能力の差などがあって、潜入が難しい。
「まあここは国の情報収集能力に期待するしかないだろうね」
「そうだよな……さすがに一個人で真相究明とはいかないか」
「確認だがディアス、旅を続ける中で、反魔王同盟について関わる気なのかい?」
「……俺が旅をする目的については喋ったが、アヴィンが関連しているかもしれない、ということで気にはなっているけど……」
「うーん、独自に調べても成果は上がらないと思うよ」
ロスラの言葉はもっともである。
「ま、僕らは僕らで調べられないこともないか」
「手を貸してくれるのか?」
「研究の片手間でよければ」
「それでもありがたいよ」
「あまり期待はしないでくれよ? ただ、今後反魔王同盟の魔族と戦っていくのであれば、やっておくべきことはあるだろう」
「戦力強化か?」
問い返すとロスラは小さく頷いた。
「正解だ。ミリアさんはどうやらディアス達と肩を並べるべく色々と悩んでいるようだし……学者的な見地から、助言はできると思う。とはいえそれも多少は時間がいる」
「ならしばらくここに滞在して……」
「そうだね。屋敷は小さいけど、三人くらいなら部屋を用意できるよ。滞在費についてはそちらに持ちになってしまうけど」
「問題はないだろ。それなりに仕事をやって稼いでいるし」
「うん、ならばそういう方針で……とはいえディアスの方は、少しばかり体を休めてもいんじゃないか?」
「休める?」
「自分探しの旅だろう? 生まれ故郷で、アヴィンのことを調べるのもあるし、自分のやってきたことを振り返って、これからどうしたいのかを考えるきっかけになるはずだ」
まあ確かに……と考えたところで俺は一つ気付いた。
「あ、そういえばエーナが前回の仕事終わりの際に自分探しの助言とか言っていたけど、見事に忘れ去られているな」
まあ色々あったからなあ……と思っていたらここでアルザが、
「私とミリアが最後に顔を合わせた時、そこについて言及したよ」
「向こうも憶えていたのか?」
「そうみたいだね……とはいえ、故郷の町へ行くのなら別に助言とかいらないだろうとは言ってた」
「……自分の人生を振り返り、改めて考えろってことか」
見つめ直す機会なのは間違いないな……ここで今度はロスラが口を開いた。
「僕からこれ以上の説明は必要なさそうだな。ディアス、ひとまずガルティアの町中で情報を集めてみるよ。数日くらいで結果は出るはずだ」
「その間、俺達は自由行動?」
「それで構わない。剣術道場に顔を出すなり、町を見て回るなり自由にすればいい……ま、この町は正直取り立てて観光資源がある場所じゃない。ミリアさんやアルザさんからすれば、つまらないかもしれないけどね――」