帰郷
というわけで、俺達はガルティアへ辿り着いた。故郷の町、ではあるし戦士として活動を始めた最初の拠点はもちろんここだったのだが……、
「そういえば魔王との戦いを行う少し前に一度帰ってきているから、感慨深いものとか何もないんだよな」
「ずいぶんとあっさりとした帰郷ね……」
苦笑するミリア。そこで俺は、
「そもそも俺の知り合いって大体町を離れているし、俺のことを知らない人間の方が多いからな」
「凱旋という雰囲気でもないようね」
「そうだな……俺としても大騒ぎされるのは面倒だし、これはこれでいいけど。あ、知り合いは少ないけどいるにはいるから、しかるべき所へ行けば宴くらいは開いてもらえるかも」
「あまり興味はなさそうね」
「そっちがやりたいというのならやるけど」
「いえ、遠慮しておくわ」
苦笑しきりのミリア。そんな彼女を横目に見ながら俺達は町の門へ近づく。
町全体の規模としては中の下といったくらいだが、未開地から出現する魔物のことを考慮し造られた城壁が存在している。これがあるせいで町そのものを拡張しにくかったりしているので、もう開拓が終わった現在では城壁は町の発展における足かせみたいになりつつあるんだけど。
ついでに言うと城壁はそこそこ年季が入っている……三十年程度でここまで劣化するのか、というくらいには古めかしく感じるのだが、これは開拓していた森から発せられていた瘴気……言わば魔物が発する生物に害をなす力によって、劣化が早くなったのだ。
とはいえさすがに崩れてしまうというレベルではないのだが……俺達は町へと入る。一応町の中央を走る街道自体は王都へ繋がるため、人の往来はそれなりにある。ただ、王都やギルド本部のあった町と比べれば規模的には小さく、呼び込みなどを行っている店も少ない。
「まずはディアスの家へ向かうの?」
「あー、そういえば言っていなかったな。王都を拠点とした時点で住んでいた家とかは引き払っているんだよ。それじゃあ荷物はどうしていたのかというと……とある人へ預けていた」
「人?」
「ああ。現在もこの町に残っている人……戦士団として活動している間、手に入れた道具なんかを管理してくれている人がいるんだ。まずはそこに向かうってことでいいか?」
俺の問い掛けに対し、ミリアとアルザは同時に頷いたのだった。
俺達が訪れた場所は、小さな屋敷……地主ということでガルティアにおいてそれなりの地位にいる人物の邸宅であった。
俺としては馴染みの場所であるため、鉄柵の門を開けて玄関へ向かうのだが……当然、ミリア達は門前で立ち止まった。
「ディアス、大丈夫なの?」
「ああ、平気平気」
ミリアの言葉に一言告げつつ俺は玄関扉と向かい合う。そしてドアノッカーを叩くと……少しして出てきたのは、中年の女性だった。
「あら、ディアスさん」
「どうも、ロスラはいる?」
「ええ、いるけれど……今日はお仲間がいらっしゃるのね」
俺の後方にいるミリア達を一瞥して女性は告げる。
「今日はここへ泊まるつもり?」
「そこはロスラと相談かな……中に入っても?」
女性は頷くと俺達三人は屋敷へと入った。内装はこざっぱりとしており、調度類なんかも必要最小限にしか置かれていない。
屋敷住まいではあるのだが、倹約を旨としている人間であるため、あんまり物を置かないようにしているというわけだ。
「……そういえば」
と、俺はここでミリアへ顔を向ける。
「ここの家主にミリアの素性は伝えていいか?」
「……問題はないの?」
「家主であるロスラはアヴィンのことも知っていたし、種族が違うことで偏見を持っているわけじゃないよ」
「……なら、ディアスに任せるわ」
「了解」
ここで廊下を進んだ突き当たりにある扉の前に辿り着く。ノックをすると中から「どうぞ」と返ってきた。
扉を開けると、中にいたのは机に向かって何やら作業をしている男性が一人……ふと、エーナと顔を合わせる際もこんな状況だったなと思いつつ、男性が向かい合っている机の上には必要最小限の物と書類しかなく、彼女の机の上とは状況が真逆である。
「ロスラ」
名を告げると相手は俺へ首を向ける……モノクルを掛けた茶髪の男性がそこにはいた。
俺と同い年ではあるのだが、顔に皺などはまだ見受けられない。ただデスクワークが長いため肌は真っ白かつ体つきも痩せている……が、瞳から発せられる意志の強さは、彼を知らない人間からしたら圧倒されるかもしれない。
「魔王を倒したそうじゃないか」
紡がれた声音は、高くどこか若々しい。
「けれど凱旋というわけでもなさそうだ」
「ああ。例によって荷物を置きにきたのと……俺の現状をまずは説明しようか」
「後ろの二人は仲間かい? 二人とも結構な実力者……いや、片方は英傑クラスか?」
淡々と告げるロスラの言葉に、アルザやミリアは少し驚いた様子――彼の名はロスラ=オリジン。
俺の故郷の町ガルティアに暮らす、魔法研究家だ。