戦士の生い立ち
――小さい頃の俺の記憶は、正直言ってロクなものではなかった。まず俺はそれなりに裕福な商家に生まれたらしい……らしい、という表現なのは物心がつく前の時点で親が事業に失敗して、一家離散しているためだ。
それなりに波瀾万丈な始まりなわけだが、俺にとっては記憶がないため境遇が悲惨であるということにあまり自覚はない……家族が離散した後、俺が引き取られたのは故郷の町であるガルティアで剣術指南をしていた叔父であった。俺の両親とは年の離れた叔父で、俺が十五……つまり戦士として活動し始める寸前に病気で亡くなった。それがきっかけで、俺は冒険者として活動しようと思ったのだ。
ただまあ、剣術指南をしていた叔父に対し俺は魔法使いになるという道を選んだのだが……理由としてはそもそも才能がなかった。剣の手ほどきを受けたが、叔父も才能ナシとすぐに気付いたし俺も剣をすぐに放り出した。その代わり、魔法に興味を抱いてよく道場の片隅で魔術書を読んだりしていた。結果、剣ではなく魔法で生計を立てる戦士が誕生した。
現在叔父が経営していた道場は弟子が引き継いでいる……風の噂ではそれなりに繁盛しているらしいのだが、そこの様子もいずれ見に行くことにしよう、と俺がミリア達へ提案した時、彼女とアルザが俺を見て呆然としていることに気付いた。
「どうした?」
問い掛けるとミリアが代表して応じる。
「……あなたの故郷へ行くということで簡単に境遇とかを聞いたのだけれど……あなたから自発的に説明されたけれど、話して良かったの?」
「俺の生い立ちが色々あるからってことか? 正直、俺は両親の顔も憶えていないレベルだからなあ。もし道場に親が来ていたら話は別だったかもしれないけど」
「結局会いには来なかったの?」
「叔父によるとかなり大変だったらしいからなあ……兄弟とかもいたらしいんだけど、今どこで何をしているのかはわからないな」
ただまあ、俺は七人目の英傑ということでそれなりに名が売れているし、もしかしたら俺の名を聞きつけて再会できる可能性が……あるかもしれない。ただし、俺の方はまったく記憶がないので感動もあったものではないと思うのだが。
「なんだか、ずいぶんと淡々としているね」
アルザが感想を述べる。それに対し俺は、
「例えばの話、友人周りが全員裕福な家庭……とかだったら僻みの一つくらいはあったかもしれないけど、友人は軒並み孤児院暮らしとかだったからな」
「孤児院?」
「ガルティアという町は、俺が子供だった当時聖王国の端っこで北に存在する森林地帯を開拓していた。現在は開拓も終わって北には町だってあるんだが、当時は森から頻繁に魔物が出現するくらい、戦いが日常的にあった」
「ということは……」
「魔物によって両親が亡くなり、孤児院に引き取られるみたいなケースもあって、それなりに孤児院も人が多かった……まあ、よくある悲劇の一つだ。現在は色々と手法が開発されて比較的安全に魔物がいる場所でも開拓できるようになっているけど、俺が子供の頃は大変だったんだ」
俺が生まれた直後くらいから、聖王国は未開の地であった場所の開拓に勤しんだ。当時における国の方針であり、魔族との戦いに対し国力を高めるという意味合いがあったらしい。
俺の両親は、そうした開拓を行う人々相手に商売を始め……結果、商人としてそれなりに成功を収めたはずなのだが、最後は一家離散……不幸ではあるが、そうした悲劇は町中においてそれなりに転がっていた。俺はその内の一人というわけだ。
「さて。俺の身の上話はこれくらいにして……隠し立てしているわけではないから、質問があったら答えるよ」
「……とりあえず、一つだけ」
ミリアが小さく手を上げながら問い掛けてくる。
「そうした境遇の中で、魔族アヴィンと出会った?」
「そうだな。今思えば、毎日冗談を言い合って遊んでいた友人……アヴィンがいたから退屈せずに済んだ。遊んでいる間は余計なことを考える必要もなかった。そう考えると、俺はアヴィンに救われていたのかもしれないな」
多少なりとも心の内で美化されているとは思うけど、楽しい記憶だけが胸の奥に残っているのは間違いない。
「今更アヴィンのことをまた調べようなんて……思いもしなかった。まあ、情報が得られるかは微妙だし、あまり期待しない方がいいかもな」
本来の目的は別にあるし……と、ここでアルザが一つ質問した。
「ディアス、ガルティアを拠点にするの?」
「んー、どうだろうな。戦士団として王都で活動していた際も、定期的にここに帰っては来ていたんだが……まあ、拠点とするならその選択肢もありかなとは思う。ま、ひとまずガルティアへ赴いてから決めてもいいんじゃないか――」